「夜勤って静かで楽だよ」
バイト初日にそう言い切った先輩の顔を思い出しながら、タケダはため息をついた。現在、午前0時3分。
商店街の端っこにある我らがコンビニ「まるまるマート」。世の中のほとんどが寝静まるこの時間、なぜかこの店だけは常連たちのアミューズメントパークと化すのだ。
ピン、ポイン、ポインと軽快な機械音とともに自動ドアが開いた。
一番手は「唐揚げ仙人」。
毎日唐揚げ棒を三本買い、かならず「三本の理由」を10分は語る。今夜は唐揚げの魅力を黄金比率で説明するところから始まったため、3分ほど長い。
「タケダくん、唐揚げ棒はね、一本だと寂しい、二本だとケンカになる、でも三本だと……」
「すみません、後ろにお客様並んでますので……」
後ろには、妖艶なド派手ギャル「レイナ姉さん」。買うのはなぜか激辛カップ麺と栄養ドリンクのみと決まっている。
「タケダー、これ全部ポイントカードつけてよ! あとついでにお湯ちょーだい!」
「お湯はセルフサービスです」
いつも言っているのに、レイナ姉さんはいつも通り舌打ちをする。
レイナ姉さんの後ろに続くのは、「謎のサラリーマンA」。夜中にもかかわらず、スーツをピシッと着こなしている。手にはレトルトおでんが8パック。
「部長に頼まれて……」
毎晩、部長という謎の存在に追い詰められているらしいが、誰も部長を見たことがない。最近、妄想ではないかと思い始めている。
深夜に部下にあれこれ買い物に行かせるとか、ブラックすぎて現実感がない。その買い物の中身も毎回おかしい。
次に現れるのは「ギターおじさん」。
ギター片手に店内BGMをかき消す勢いで弾き語り。リクエストなんて誰もしていないのに見えない何かと会話している。
「いつもリクエストありがトゥ! では、聞いてください」
「涙そうそう」からの「残酷な天使のテーゼ」――からの「CAN YOU CELEBRATE?」、「糸」――え? 結婚式? 何故か突然「蛍の光」、終わりかと思ったら、「もののけ姫」。どういう流れだ?
「おい、タケダー、君も一曲どうだ!」
「夜中なんで、やめてください」
そう。夜中なので、無理やり外に出して変な苦情になるのも困るという、扱いにくい存在なのだ。店の外よりはまだマシなのか。
1時を回ると、いよいよ「コスプレ軍団」の登場だ。
パンダ、宇宙飛行士、謎の戦隊モノ……。レジに並ぶ様子は文化祭の出し物かと錯覚するレベル。
「お会計は……え、鼻が外れてますけど」
「大丈夫っす。この方が呼吸楽なんで」
「……そっすか」
じゃあ、コスプレして来なければいいのに。
2時、突如現れる「詩人のおじいちゃん」。
コーヒー牛乳を買いながら、レシートの裏に即興ポエムをしたため始める。
「今夜のレジはエレジー。優しく揺れるムーンライト。コンビニは夜の駅。白線の内側にお下がりください」
「……あの、レジ台以外の場所で書いてください」
そして「推理作家さん」が登場。買い物かごには、なぜか結束バンドと軍手、保冷剤。いつも推理作家という肩書きに合わせるには、あまりにも意味深な道具類を買っていくのだ。
「タケダくん、今夜の犯人は誰だと思う?」
「今夜の?」
「今夜の殺人事件……あ、これはまだ言っちゃいけないんだった」
怖すぎるんですが。
限界だ。心の叫びもむなしく、常連ラッシュは止まらない。
2時半、ふいに「伝説の寝落ち客」降臨。
毎回おにぎり片手にイートインで朝まで爆睡。起こしても起きない。完全にネットカフェと同じ用途で使われている。おにぎり一個でご宿泊とは、なかなかの度胸だ。
3時すぎ、唐突に「コアラのマーチ親善大使」が箱買いにやってくる。毎回ダンボール単位でお買い上げいただくので上得意といってもいいのだが、何しろ深夜に来る理由も、大量のコアラのマーチが必要な理由も不明。ついでに発言も意味不明。
「見て。このコアラの目、右が元気だね。左は死んでる」と真顔で言ってくる。返答に困る。
「――タケダくん、いつか一緒にオーストラリア行こうよ」
「ここの夜勤、休めないんで……」
「ハハッ。ブラックな職場だね。君もコアラになるといいよ。ユーカリは体に毒なんだ――」
4時頃は、なぜか「外国人観光客」ご一行様が迷い込む時間帯。
「オハヨウゴザイマス! ニホンノコンビニ、サイコー!」
「アリガトー!」
「ワサビー!」
彼らの爆買いにより、レジがまるで成田空港状態に。
一方で、なぜか明け方に連日来る「犬」。
本当に犬。おばあちゃんがかごに入れて連れているが、犬用おやつ売り場で二人(一人と一匹?)で真剣に品定めする。小声で話をしているような声もする。
怖いのもあり、注意できない。
5時、夜明け前。ようやく静寂が訪れる。ホッとしたのもつかの間、先輩が交代で出勤してくる。
「おつかれー、今夜も楽だった?」
「いつも通りです」
だが、タケダは気づいてしまった。今日のレジに現れなかったのは「伝説のカップ麺三段積みおばさん」のみ。ほぼ常連そろい踏みの夜勤だった。
明日もまた、誰かがクセを爆発させながらやって来るに違いない。
こうして平凡な夜のコンビニは朝を迎えるのだった。
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