#361 お揃いですね

ちいさな物語

電車の中で、隣に座った女性が俺と同じスマホケースを使っていることに気づいた。

(まあ、よくあるデザインだし、偶然か)

そう思いながらスマホをいじっていると、その女性がチラリとこちらを見て微笑んだ。

「お揃いですね」

なんとなく気恥ずかしくなり、「そうですね」と曖昧に返す。

その日はそれで終わった。だが、それから奇妙なことが続いた。

次の日、会社帰りにカフェに入ると、昨日の女性がまたいた。それだけでも驚いたのだが、さらに彼女は俺と同じジャケットを着ていた。

(まあ、ありふれたデザインだし……偶然だろう)

そう思いながら注文を終え、席に着くと、彼女も同じメニューを頼んでいた。

目が合うと彼女はまた「お揃いですね」と、笑った。

またあの言葉だ。

先に注文したのは彼女の方だし、こういう偶然もないことはないはずだが、何か気味が悪かった。軽く笑ってやり過ごし、そそくさと店を出た。

だが、それからも彼女は現れた。

駅のホームで、俺と同じスニーカーを履いて。コンビニで、俺が買おうとしたおにぎりと同じものを手に取って。

それが三日も続いたあたりで、とうとう怖くなってきた。ストーカーだとか騒ぎ立てるのは自意識過剰と笑われそうだし、かといって、このままでは自分の頭がどうにかなりそうだ。

ある日、思い切って会社を早退し、普段とは違う経路で帰宅した。本当にストーカーのように付け回されているのか、確認はしておきたい。――が、家の前の路地を曲がると、そこに彼女が立っていた。

「おかえりなさい。今日は早いんですね」

俺は咄嗟に足を止め、心臓が跳ねる音が耳の奥で響いた。

「……なんでここに?」

「偶然ですよ。偶然って、重なるものですね」

そう言って笑う彼女は、なぜか俺と同じブランドのリュックを背負っていた。

俺は何も言わずに部屋へ駆け込んだ。

やっぱり監視されている?

それからは、玄関の鍵を二重にかけ、カーテンを閉め切り、極力外出を避けるようになった。

だが数日後、ポストに入っていた手紙を見て凍りついた。

差出人不明の封筒には、俺の部屋のドア前で撮られたと思われる写真が数枚、同封されていた。

そして、そのすべてに、彼女が写り込んでいる。

俺の背後に立つ姿。

エレベーターの隅からこちらを見つめる目。

夜の窓の外に、ぼんやりと浮かぶ彼女の顔。

それを見た瞬間、鳥肌が止まらなかった。何が目的なのかわからないが、彼女以外にも自分を追い回している人がいる。そうでないと、彼女が写り込んでいる写真は撮れないはずだからだ。

(もう無理だ……)

そう思い、翌日には不動産屋に連絡し、急遽引っ越しの手続きを進めた。

――しかし、それでも終わらなかった。

引っ越しの前夜。荷造りを終えた俺は、ふと部屋の片隅に違和感を覚えた。

クローゼットの扉が、ほんのわずかに開いていたのだ。

(閉めたはずだ……)

恐る恐る近づき、扉を開ける。

中には、俺と全く同じ服を着たマネキンのようなものが立っていた。

いや、違う。

それは、彼女だった。

顔は無表情で、まるで魂が抜けたような目をしていた。

「お揃いになりましょう」

その言葉とともに、彼女がほほえんだ瞬間、何かが俺の意識を手放させた。

――目が覚めたとき、俺は全く別の場所にいた。

白い壁、白い床。何もない部屋。

鏡の中には、あの彼女と同じスマホケースを握る自分。

鏡の前で、誰かが笑っていた。

それは……俺だった。

いや、反転している?

自分は鏡の中にいて、彼女と同じほほえみを浮かべる自分が鏡の外にいる。

「お揃いですね」

そいつは、俺の声でそう言うと、鞄を持って部屋を出ていった。

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