#382 月見の夜の奇妙な話

ちいさな物語

正直、この話は今でもちょっと自分でも信じられないんだ。
 
あれは僕がまだ高校生だった頃の秋の夜。
 
中秋の名月が近いってことで、友達のカズとケンジと三人で、「今年はちゃんと月見でもしようぜ」と話していたんだ。
 
けど、僕らはどちらかというと、真面目に団子を並べて「お月様がキレイですね」なんてタイプじゃない。いつもの河川敷で、コンビニのお菓子と缶ジュースだけ用意して、シートを広げて空を見上げていた。ピクニックを夜にやっているような感じだ。
 
月は、驚くほど大きくて明るかった。
 
「なあ、せっかくなら月見っぽいことしようぜ」とケンジが言い出した。
 
「月に向かって、なんかありがたみを伝えるポーズとかどう?」
 
「ありがたみって、なんだよそれ」と、僕とカズは笑ったけど、暇だったのでとりあえずやってみることになった。
 
カズが立ち上がって、「こうか?」と両手を思いっきり広げて、片足で立ってみせる。
 
「いやいや、鳥かよ」と僕がツッコミを入れると、今度はケンジが「これだ!」と忍者みたいな格好をしてみせる。
 
三人で代わる代わる、変なポーズ合戦になった。
 
「じゃあ、月見の新しい伝統にしよう! 一番変なポーズをしたやつが勝ち!」
 
気づけば、僕も輪に加わって、両手で輪をつくって頭にのせたり、腰をひねったり、なぜか「Y字バランス」を必死でとったり。まわりから見たら、完全に不審者にしか見えない行動をしていた。まぁ、高校生というのはおおむねこういうものだろう。
 
月がやけに明るいからなのか、この時期ならではのイベント事だからなのか、不思議と気分は高揚していた。
 
三人で大笑いして、ふと一息ついた時、カズがぽつりと「なあ、あれ見てみろよ」と空を指さした。
 
月の近くに、なんだかおかしな影が浮かんでいた。最初は雲かと思ったけれど、よく見ると人の形をしているような、していないような。

「なんだあれ? 新しいタイプのUFO?」
 
「わかんないけど……あれも、なんか変なポーズしてないか?」
 
僕らはお互い顔を見合わせた。確かに、それは妙な角度で両手を上げた人間の形に見える。
 
冗談のつもりで「おーい!」と手を振ると、その影も同じようにゆったりと手を振り返してきた。

「え! なんだアレ!」
 
「やべえ、これ、もしかして月見の幽霊じゃね?」
 
ケンジが震えた声を上げると場に妙な沈黙がおりた。それからふと、カズが言った。
 
「……あいつ、俺たちと同じポーズとってるんじゃないか?」
 
僕たちが驚いて、手をばたつかせたり、振り回したりした動きをワンテンポ遅れてトレースしているような気がした。
 
僕は怖くなったような、面白くなったような、よく分からない気持ちで、「よし、じゃあ次はこれ!」と、思いきり背中をそらして両手を額の上にのせた。

すると、影も同じように、ぎこちなくそのポーズを真似した。

「マジかよ!」

「すげー」
 
三人で大笑いしながら、何度も変なポーズを空に向かって披露した。

影は律儀にひとつずつ真似をしていく。不思議なのは、その影は決して僕らより先に動くことはなかった。自発的には動けないのだろうか。
 
やがて月が雲に隠れ、影もすーっと消えていった。
 
僕らはまたすっと黙り込んだ。

「おい、アレ。なんだったんだろうな」

カズがポツリとつぶやいた。

「ほんとにな。宇宙人かな?」

「まさか! あんな宇宙人聞いたこともないぜ」

僕たちはまた笑い合いながら、その夜は解散した。
 
でも、帰り道、僕はふと振り返った。
 
すると、雲の切れ間からまた月が顔を出し、もう一度、あの影が空に浮かんでいるのが見えた。
 
まるでバイバイをするみたいに、手をひらひらさせていた。

――なんだ。自分で動けるんじゃないか。しかし、なんとなく他の二人には黙っていた。
 
家に帰ってからも、不思議とあの影のことが頭から離れない。あれは宇宙人だったのか、幽霊なのか。
 
それとも、月のそばには昔から、僕らみたいにふざけたやつらの相手をしてくれる、不思議な月見仲間がいるのか。
 
毎年、秋になるとあの夜のことを思い出す。
 
誰も信じてくれないけれど、僕にとっては、あの「変な月見」と「変なポーズ」の思い出がちょっとした宝物なんだ。
 
また月の下で変なポーズをしたら、またあの影が現れる気がして、毎年つい、夜空を見上げてしまうんだよ。

さすがに最近は変なポーズはしないけどね。

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