#383 画鋲の町

ちいさな物語

僕の机の引き出しには、小さな箱に入った銀色の画鋲がある。

文房具屋で買ったときは50個入りで、使い切ることなんて一生ないと思っていた。何しろ壁に画鋲でとめるものなんてそんなにない。お母さんからは壁に穴だらけになっちゃうからあまりたくさんは使わないでと言われている。

でも、気がついたらずいぶんと減っている。その理由は、すべて「謎の消失事件」にあった。最初に異変を感じたのは、夏休みの始め。

壁にカレンダーをかけ直そうと思って箱を開けたら、妙に数が少なくなっていた。

「あれ? こんなに使ったっけ?」

思い当たるふしもなく、首をひねった。

まあいいか、と気にせずカレンダーをとめて、また引き出しにしまった。

けれど、それからだ。

夜になると、机の周りでカチャリ、と小さな金属音がする。気のせいだろうと思っていたけど、ふと朝になると画鋲の数がまた減っている気がする。

家族に聞いても誰も使っていないと言う。やはり気のせいなんだろうと思っていた。

でも、どうしても気になって数を確認してみることにした。すると――減り方が規則的であることに気づいてしまった。物音がした晩に、必ず一つ減っている。

寝る前には20個あった画鋲が、翌朝には19個になる。そんな現象が何日も続いた。

ついに僕は、夜の机のそばにノートとペンを用意して「監視日記」をつけはじめた。

一日目、異常なし。

二日目、異常なし。

三日目、夜中にかすかな「コツッ」という音がして目が覚めた。

ライトをつけても何もいない。でも、翌朝またひとつ画鋲が減っている。

だんだんと、怖いというよりも、変な期待感が生まれてきた。画鋲に何かおもしろい秘密があるのではないか。

しかし、一体どこへ消えているのだろう。

五日目、思いきって机にスマホを設置して動画を撮ってみることにした。バッテリーが切れないように充電ケーブルをさしたまま、テープでしっかりと固定する。

容量が心配だったが、翌朝確認するとちゃんと撮れていた。さっそく録画を確認する。

真夜中、画鋲の箱が、ほんの少しだけ揺れ始めた。カメラの前には誰もいないのにフタが勝手に開き、画鋲がひとつ、コロコロと外へ転がっていく。そのまま机の隙間に入り画角から外れてしまう。

さっそく、画鋲が転がって消えたあたりを調べてみると、机に小さな穴が空いていた。ちょうど画鋲の頭が入りそうな大きさだ。画鋲だけが通れる秘密のトンネルだろうか。

ふと、その穴に耳を近づけてみると、カリカリという微かな音が聞こえた。

僕はマイナスドライバーで、恐る恐る穴を広げていった。

すると、机の板の中から、銀色の光がちらりと見えた。穴をのぞきこむと、小さな世界がそこに広がっていた。

ミニチュアのような町並み。

その道路を、小さな画鋲たちが列になって歩いている。植え込みや街灯、建物もきちんと建っていた。お店や公園のようなものも見える。

驚いて瞬きすると、その世界はふっと消えて、ただの机の穴に戻っていた。

「今の……何?」

以来、僕は画鋲の消失を気にしなくなった。

むしろ、引き出しの中で減っていくたび、「ああ、また画鋲の町に行ったんだな」と思うようになった。

そして夏が終わるころ、最後の一個になった画鋲だけが、なぜか毎晩、箱の中でコトンと音を立てる。

「そろそろ行っちゃうのかな?」

しかし、その画鋲はいつまでも箱に残っていた。理由はよくわからない。

「お前は行かないの?」

画鋲の箱を開けるたびにたずねたが、もちろんなんの返事もなかった。

そして画鋲の減る夏はそれきり終わったのだった。

新しい画鋲を買い足して箱に入れたが、もう減ることはなかった。

画鋲がなくならないのはいいことかもしれないが、僕は少しさみしいような気がしている。

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