#384 しおちゃんと僕

ちいさな物語

しおちゃんこと、間宮栞のことを説明するのは、本当に難しい。

小さい頃から一緒で、僕にとっては当たり前の存在だった。けれど、他人から見たら、彼女は「びっくりするほど綺麗で、びっくりするほど性格が悪い女の子」だ。

あれほど両極端な人間は、たぶんそうそういない。

学校の教室で、しおちゃんは誰よりも目立っていた。

長い黒髪に白い肌、長いまつ毛に縁取られた大きな目。こんな綺麗な子がいるんだと、誰もが目を白黒させる。

転校生が来るたび「あの子は誰?」と尋ねられ、苦い顔を浮かべるクラスメイトたちを何度か見たものだ。

初めは美少女に近づきたがる子たちも裏側を知るとさっと遠ざかっていく。いまだにそばにいるのはたぶん僕だけだった。

なぜなら、しおちゃんは――いろいろと正直すぎる。

例えば、先生が「静かにしましょう」と注意したとき、しおちゃんは「先生の声が一番大きくてうるさいよね」とつぶやく。嫌味のつもりはなさそうだが、当然先生を怒らせる。

給食のデザートがひとつ足らなくてクラスが騒然としていると、「あ、私さっき二つ取ってもう食べちゃったから」とあっけらかんと言い放つ。

クラスメイトの好きな人を見抜いては、「なんか釣り合わない気がする」と容赦なく断言する。

本人に悪意はないみたいだけど、周囲の心にズケズケ入り込み、かき乱し、傷つける。

それがしおちゃんだった。

いじめや盗みも、実に堂々としている。まるでこっちがおかしいのかと不安になるくらいだ。とにかく確信に満ちた悪行の数々に驚くばかり。

「しおちゃん、いじめはダメだよ」と僕が注意すれば、「なんで? あの子、私のことが嫌いなんだもん。だから私も嫌いなの」と堂々と返す。

「それでも――ぶったりするのはダメだって」と言うと、「あの子が私の足を蹴ったのよ? ――でもそっか。じゃあ次はバレないようにやるわ。上から物を落として隠れる、とか」と変なところで前向きに対処しようとする。「大怪我しちゃうよ。絶対にダメ!」と、僕が騒いでも面倒くさそうにして、ふいとどこかへ行ってしまう。

クラスメイトのペンケースからペンを盗っても、「私、今これが欲しかったから」とサラッと言ってしまう。こうなるともう警察を呼ばれてもおかしくない。

それなのに、しおちゃんは本当に自分の気持ちに正直であることを貫き通す。

周りに合わせて猫をかぶったり、嘘をついたりできない。これはまったくいい意味で言っているわけではない。

大人が「いい子にしてなさい」と言っても、「いい子のフリするほうがよっぽど悪いんじゃない?」と笑う。いい子のフリでもいいからして欲しい。

そんな彼女に、クラスの誰もが手を焼いていた。

僕はしおちゃんの「やりたい放題」の尻拭いをする日々を送っていた。

「ねえ、今日もまた呼び出しくらっちゃった」としおちゃんが保健室でお菓子を食べている。

保健室でお菓子を食べるのはよくないなぁと思いながらも僕は一応問いかけた。

「今度はいったい何をしたの?」

「教室でお菓子を食べてたの」

「お菓子は学校に持ってきちゃダメなんじゃ……」

「だって食べたいんだもん」

「でもダメなんだって。それがルールなんだから」

「じゃあ、『お菓子食べないと死んじゃう病』だって言おう」

また気軽に変な嘘をつこうとする。

「とにかく! まず謝らないと」

「謝っても先生、私のこと許さないと思う」

「それでもさ、ちゃんと謝ってよ」

しおちゃんは渋い顔をして、「じゃあ、一緒についてきて」と僕の手を引っ張る。

結局、僕はいつも彼女の付き添い役だ。

その日も、しおちゃんは僕の前で、先生にきっぱり「教室でお菓子を食べてごめんなさい」と言った。お菓子を片手に。

しおちゃんの対応に疲れ切った様子の先生は、大きなため息をつきつつ、「まずそのお菓子をしまいなさい。次はないからな」と念を押した。

しおちゃんは「うん、次はバレないように食べる」と答え、先生をさらに怒らせるまでがテンプレートだ。

この際、内心はどうでもいいから、いったんこの場を丸く収めるという発想を持って欲しい。

学校の帰り道、しおちゃんは僕の横で突然こう言い出した。

「ねえ、私、なんでみんなに怒られてるのかな」

「それは、自分に正直すぎるからだと思うよ」

「正直って、いいことじゃない?」

「……全部がいいことじゃないよ。嘘をつくよりはいいかもしれないけど、しおちゃんは平気で嘘もつくからね。最悪だよ」

しおちゃんは、ふっと笑った。

「それはほんとに最悪」

まったく悪いと思っていない。僕は大きくため息をついた。

でも、不思議と僕はしおちゃんのことを嫌いにはなれなかった。

よくわからないが、憎み切れない。「地球を征服するぞ」と堂々と悪事を働く悪役みたいにわかりやすくて逆に清々しい。

夏休みの終わりのタイミングでしおちゃんは別の学校に転校した。

「また誰かが怒ってきたら代わりに謝ってね」と最後までマイペースだった。

たまに彼女の噂を耳にする。それは「すごく綺麗な子がいる」という噂から「とんでもなく性格の悪い子がいる」に移り変わっていく。

「また何かやらかしてるらしい」と誰かが言えば、僕は「まあ、しおちゃんだしな」と苦笑いする。

僕の代わりにしおちゃんに「本当にやってはいけないこと」を説明してくれる子がそばにいればいいんだけど。

どこかの町で、しおちゃんは今日もきっと自分に素直に生きているんだろう。

いつかまた会うとき、僕はまた彼女の尻拭いをさせられるのかもしれない。

――だけど、それはそれで退屈はしなさそうだなと、僕は小さくほほえんだ。

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