#386 変な新聞記事

ちいさな物語

何年か前のことだが、地方紙に載った小さな記事が、妙に記憶に残っているんだ。

――以下、記事のスクラップブックから抜粋する。

近隣住民同士の口論、原因は「プリン」をめぐる主張の相違
八月十八日午前八時ごろ、市内在住のパート従業員Aさん(42)とパート従業員Bさん(39)が、同じアパート敷地内で口論になった。原因は職場の冷蔵庫に入っていた市販プリン(内容量120グラム、希望小売価格税込128円)の所有権をめぐる認識の違いによるものである。関係者によると、Bさんは「プリンには自分の名前を書いていた」と主張。一方のAさんは「文字はかすれており判別不能であったため、無主物と判断した」と反論した。

双方は十数分にわたり激しく言い争い、最終的にアパートの管理人が仲裁。事件性は薄いとして警察は介入していない。なお、プリンはすでに食べられており、現物の確認は不可能であった。

……ここまでが記事だ。

俺はそれを読んで、あまりのくだらなさに新聞のおふざけ企画か何かだと思って細部までよく目を通した。しかし、そんな記述は見つからなかった。どうしても気になったので、切り抜いてスクラップブックに保存しておくことにした。

翌日の朝、地方紙の同じ欄に続報が載っていた。

Aさん、再びBさん宅を訪問 「プリンの弁償」を申し出
八月十九日午後二時ごろ、パート従業員Aさん(42)がBさん(39)宅を訪れ、先日の口論について謝罪。市内スーパーにて購入した類似商品(バニラプリン3個入りパック)を手渡した。しかしBさんは「前のプリンはカラメルが多めで特別だった」として受け取りを拒否。交渉は決裂した。

さらに翌週。続報が入る。

「プリン返還訴訟」提起 市内で初のケース
Bさん(39)が、民事訴訟として「プリン相当額および精神的苦痛に対する慰謝料」を求め、市内簡易裁判所に提訴した。訴状によるとBさんは「プリンを楽しみに一週間働いていた。口論による精神的ショックも大きい」と訴えている。一方のAさんは「プリンはすでに消化吸収され存在しないし、署名がされたとされるカップも廃棄されていて事実を明らかにすることは困難」との立場を崩していない。

……どうだ、馬鹿げてるだろう? けれど地方紙は大真面目で、毎週のように経過を追って報じていた。かなり大きな事件じゃないと、ここまでその後の展開を追うことなんてないだろう。最終的に、この「プリン訴訟」はどうなったか。

Aさん・Bさん、和解成立 「次回はシュークリームで」
八月二十五日、Aさん(42)とBさん(39)は、市内簡易裁判所の調停により和解した。和解内容は「双方、冷蔵庫の菓子類には必ず署名を行うこと」「署名が不鮮明な場合は消費を控えること」など。さらに、今後の親睦を深める目的で「月に一度はシュークリームを一緒に購入し、食べる会を開く」ことが取り決められた。

……以上が、この奇妙な事件の結末だ。

くだらない? もちろんくだらないさ。でも不思議と気になって最後まで読んじゃっただろ? 結局、無駄な時間だったなと後から思うんだけど、読んじゃうんだよな。

でも俺はあの記事を読んで以来、冷蔵庫のプリンに自分の名前を書くようになったよ。新聞記事にされないためにな。

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