コールドスリープ――それを聞いたとき、僕は未来の神話みたいに思った。
数百年に及ぶ宇宙航行の間、冬眠のように眠り、目的地に着いたら目覚める。そんな技術がなければ、人類は太陽系の外に出ることなど不可能だった。
そして今、僕はその実験航行のクルーのひとりとして目を覚ました。
計器の数字は、僕らがついに銀河の外縁に到達したことを示していた。
目の前に広がるのは、一面の青と緑。
窓から見えるその惑星は、まるで地球そのものだった。大陸の輪郭、白い雲の流れ、海の色まで似ている。
「地球……?」
誰かが呟いた。僕も同じ言葉を口にしかけていた。
「まさか……戻ってきてしまったのか?」
だが確かに計器は、この星がまったく別の座標にあることを告げていた。
大気組成は呼吸可能。放射線量も地球並み。僕らは着陸を決断し、慎重に探査服を着て地表へ降り立った。
そこにあったのは、信じられないほど馴染み深い景色だった。
草原、澄んだ空気、遠くにそびえる山。風に乗って漂う草の匂いまで地球と同じだった。
やがて僕らは小さな集落の痕跡を見つけた。地球外生命体が暮らしていたのか? それにしてはあまりにも地球に存在する小さな村に似ていた。
丸太小屋、畑、井戸。生活の痕跡は鮮明に残っているのに、その集落は完全に無人だった。そして広場の看板に刻まれていた文字を見て、僕らは息をのんだ。
「ここは、地球。」
……それが何を意味するのか、すぐには理解できなかった。まず異星の文字を読めたことを驚くべきなのだが、それすら忘れるほどにここは地球に酷似していた。
調査を続けると、この星の動植物の遺伝子は地球のものとほぼ一致していた。違いはわずか。まるで「複製」されたかのような一致率。
さらに村の廃屋から出土した記録媒体には、彼ら自身がこの星を「地球」と呼んでいたことが記されていた。
では、この星の生命体はなぜ姿を消したのか? 痕跡を調べた結果、僕らはいくつかの仮説を立てた。
第一に、「静かな退去」だ。
争った形跡はなく、生活の痕跡は残されたままだ。丘には推進器の噴射痕のような焦げ跡があり、金属資材が剥ぎ取られていた。彼らは準備を整え、どこかへ去った可能性が高い。その場合、去った理由が新たな謎になる。
第二に、「生態系の滑り」。
遺骨を調べると、外傷はないのに慢性的な栄養不良の痕があった。畑の土壌微生物は異常に偏り、家畜の骨にも異常が見られた。つまり「暮らせなくなった」のだ。環境は似ていても、ほんのわずかな相性の違いが命取りになったのかもしれない。
第三に、「コールドスリープ」。
山の洞窟で低温保存設備の残骸が見つかり、掲示板の最後の週には「入眠」と刻まれていた。彼らは崩壊を前に、自らを眠らせ、未来に託したのかもしれない。
そしてもう一つ、より根源的な疑問が残った。
ここまで一致する星など、本当に「別の惑星」なのだろうか。もしかして、これは本当に地球そのものなのではないか?
僕らは検証した。
まず星空。パルサーの位置は僕らの知る地球の空と微妙にずれていた。大陸の基盤岩は二億年ほど若い。人工放射性物質やプラスチック痕もなく、人類世の痕跡が見当たらない。
つまり、これは地球“そのもの”ではない。だが、ではなぜここまで同じなのか。
三つの仮説がある。
ひとつは「写し絵」仮説。
かつて何者かが地球の設計図を作成し、自己複製装置が別の星を地球式に整えた、もしくは一から創造したという説。この場合は地球の設計図を作成して第二の地球を創り上げるという超越的な存在がなければならない。
もうひとつは「収束進化」説。
条件が似れば、文明も生態系も同じ姿に収束する。偶然の一致が積み重なったという考えだ。一見雑な考察だが、それに近い現象は身近なところでもよく発生している。ただ規模がとてつもなく大きい。
最後に「ブーメラン」説。
人類自身がかつて放ったテラフォーマーが誤ってここを地球化した。村の工具箱から見つかったロゴの断片が、その可能性を強めている。それは地球にかつてあった老舗の宇宙開発会社の初期のロゴに酷似していた。
夜、僕は窓から星を眺めながら考えた。
むしろ僕らのいた地球の方が誰かがどこかで複製した「二つ目」だったのではないか。この地球がオリジナルで僕らがいたのが複製。その可能性もないとはいえない。
だとすれば、僕ら自身もまた、何かの計画の一部にすぎないのかもしれない。そして今もその計画は進行中だろう。
あとひとつ、今のこの状況がコールドスリープ中の夢である可能性もある。もちろん数百年のコールドスリープなんて初めての経験だ。こういうことが起こらないとも言えない。
夢である可能性も含めると現時点で何が起こっているのか、確定させることは気が遠くなるほど困難だった。
「ここは、地球。」
看板の文字は何を意味しているんだろう。誰に宛てて、何を発信しているのだろう。
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