#390 ソロキャンプの怪

ちいさな物語

動画配信者のKは、最近急激に人気を伸ばしていた。

彼のスタイルはソロキャンプの生配信。焚き火を起こし、料理を作り、視聴者のコメントに答えながら一日を過ごすというだけのシンプルなものだ。

「はいどうも、今日は山奥の渓谷沿いでソロキャンでーす」

カメラに笑顔を向けるK。

視聴者からの「待ってました!」「今日も楽しみ!」という歓迎のコメントが勢いよく流れ始める。

昼間は順調だった。テントを張り、釣った魚を焼いて食べ、雑談に花を咲かせる。

新しいキャンプツールを紹介することも忘れない。Kは案件を受けない主義なので「なにこれ。クソじゃん」など、ツールへの辛口コメントも視聴者にウケている。逆に「Kがほめているキャンプツールはマジで使える」と評判が高い。

ライブ恒例の「無茶リクエスト」という企画で、木に登ったり、虫を捕まえたりと視聴者との交流もいつも通りに盛り上がった。

――問題は夜になってからだった。

「さて、そろそろ焚き火トークの時間、はじめまーす。できるだけ拾うから、みんなコメントしてね〜」

Kが椅子に腰をかけると、コメント欄に妙な書き込みが流れ始めた。

《後ろに人いない?》

《木の影、誰か立ってる》

《ライトの反射?》

Kは笑って首を振った。

「いやいや、おどかさないでよ。ここは他に誰もいません。今日はスタッフもいないよ」

だが映像を確認すると、確かに焚き火の向こうに黒い影が揺れているように見えた。風に揺れる木のせいだと自分に言い聞かせた。

しばらくすると、再びコメントが荒れ出す。

《聞こえた?女の声》

《今、笑ったよな》

《イヤホンで聞くとやばい。鳥肌》

Kの耳には、風と川の音しか入ってこない。

「え? マジかよ? ちょっと映像、確認するわ」

このときはまだ余裕があった。ちょっとしたハプニングは視聴者が増える。むしろ歓迎するくらいだ。

だが映像を確認してみると、確かに微かに「クスクス」という笑い声のようなものが混じっていた。確かにぞっとするような声だ。

「……不具合かな。マイク拾いすぎたかも」

と取り繕ったが、胸の奥に重い不安が広がっていった。あの笑い声は確かに気持ち悪い。

夜も更け、焚き火が弱まってきたころ、カメラが自動的に暗闇の奥に焦点を合わせた。

テントのすぐ外に“何か”が立っている。それは人影にしか見えなかった。

コメント欄は騒然となった。

《やばい!》

《K、逃げろ!!》

《こっち見てる!!》

Kは必死に「いや、あれ、多分木ですよ!」と笑い飛ばしたが、手の震えは隠せなかった。

カメラを持ってテントの外を照らした。

……何もいない。

ただ、足元の砂地に見慣れない足跡がいくつも残っていた。

ぞっとしたKは「カメラもマイクも調子悪いみたいだから今日はここまでにしまーす」と、配信を切ろうとした。

だが、その瞬間コメント欄に新しい書き込みが流れた。

《切るな》

《最後まで映せ》

《後ろにいる》

そのコメントはどこか不自然だった。アカウントは違うのに、まるで一人が何度も書き込んでいるようなタイミングで続いている。

Kが硬直していると、画面が勝手に切り替わった。自分のカメラではない。第三者視点のアングル。焚き火の光に照らされるKの後ろ姿が映っている。

「……え?」

自分の機材は一台だけ。そんな映像を映せるはずがない。

次の瞬間、コメント欄が真っ黒になり、白文字でひとことだけ浮かんだ。

《夜は俺たちの場所だ》

映像はそこで途切れた。

翌朝、Kのチャンネルは突然削除されていた。SNSの更新も途絶え、視聴者は何が起こったのかまったく知らされなかった。

ただ、ある視聴者のスマホの中には、あの夜の配信の録画が残っている。

最後に映ったKの背後、暗闇の中で無数の白い手が伸びていたという。

それ以来、その動画を見た者は決まって同じ体験を語る。

夜になると、自分の部屋の隅から「クスクス」という笑い声が聞こえてくるのだ、と。

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