普通、怪談といえば暗い夜道とか、薄暗い廃墟とかを想像するだろ?でもな、俺が体験したのは逆だったんだ。
「明るすぎる場所」ってのが、いちばん怖かったんだよ。
あれは学生のころ。友人たちと夜の街をふらついていて、ひとりで帰ることになった。夜十時を過ぎたくらいだったかな。人気の少ない住宅街を歩いていたら、不意にあたりが真昼みたいに明るくなったんだ。
街灯のせいかと思ったが、違った。
そこは十字路だったんだけど、四方のどの道もずっと奥まで白い光で満ちていた。青白い蛍光灯みたいな光で、影という影が一切ない。俺の足元も、壁も、電柱も、どこにも黒い部分がなかったんだ。
そのとき気づいたんだ。「俺、影がない」って。
なんとなく背筋がぞっとした。人間って、明るすぎると逆に怖くなるんだな。
おかしいのはそれだけじゃなかった。音がなかったんだ。深夜の住宅街なら、遠くを走る車の音や、犬の鳴き声くらい聞こえるだろう?
それが一切なかった。耳が詰まったみたいに、完全な無音だった。
俺は足を早めた。
でも、どっちに進んでも光の中が続いている。
十字路を三つ、四つと抜けても、街は明るいまま。なのに家もコンビニも人影もない。
ふと見ると、前方に人影が見えた。
「あ、誰かいる」
そう思って駆け寄ったんだ。
でも近づくにつれておかしいことに気づいた。
そいつも影がない。立っているのに、足元が床に溶け込むように見える。
背丈も輪郭もはっきりしない。光に照らされすぎて、境界がなくなっているんだ。
声をかけようとした瞬間、そいつがこっちを振り向いた。
目が、なかった。
顔の真ん中が真っ白に光っていて、何もなかった。
俺は叫んで逃げた。
走っても走っても光の街は続き、影はどこにも落ちない。足音すら響かない。
背後からは、影のない「そいつ」の足音もしないのに、確かに追われている気配だけが迫ってきていた。
どれくらい走ったか分からない。
息が切れて膝をついたとき、突然あたりが暗くなった。見上げると、普通の住宅街の街灯がひとつ灯っていた。今度はちゃんと影があった。自分の足元に、しっかりと濃い影が。
ほっとして笑いそうになったが、次の瞬間、全身が凍りついた。
自分の影の横に、もうひとつ影が並んでいたんだ。誰もいないのに。
慌てて立ち上がり、全力で走って家に帰った。
振り返る勇気はなかった。
それからだ。
夜道で自分の影を見るたびに、必ず思い出す。
「本当にひとつだけか?」って。
光が満ちすぎる場所の記憶は、今でも消えないんだ。
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