#411 レシート除霊師

ちいさな物語

「また拾ってる……」

最初に見かけたのは、駅前のコンビニの前だった。

スーツ姿の男が地面に落ちたレシートを、ひとつひとつ丁寧に拾い集めていたんだ。

俺は最初、ただの奇行にしか思えなかった。もしくは何かしらの信念でゴミ拾いをしたい人なのか、くらいであまり気に留めなかった。

けれど二度目は商店街のスーパー、その次は居酒屋の前。全部同じ人物だ。

見かけるといつもレシートを拾い集め、懐にしまい込んでいる。こんなに見かけてしまうと、気になって仕方がない。

ある夜、俺は勇気を出して声をかけた。

「すみません、それ……集めてどうするんですか?」

男は一瞬驚いたように目を細め、やがて静かに笑った。

「これですか。これは――必要なんですよ」

「必要?」

「新鮮なほどいいんですよ」

「新鮮なレシート……」

彼は一枚のレシートを取り出して見せてくれる。そしてぐっと声をひそめた。

「私、実は除霊師なんです」

「はぁ」

思わず中途半端な声がもれる。除霊とレシートになんの関係があるのだろうか。

彼の手にしたレシートはコンビニで買った弁当と缶ビールの明細が印字された、ごく普通のレシートだった。

「これを媒介にすれば、霊を祓える」

やっぱりちょっと変な人かもしれない。けれど、男はその場で見せてくれると言った。

彼が指差す方向、居酒屋の脇の暗がりに、黒い影が立って揺れていて、俺は背筋が凍った。

俺には霊感なんてまったくないのに――

「実はみんな見えてはいるんですよ。でも見えるはずがないと思い込んでいるから見えないんです」

影はときおり居酒屋に入ろうとする人をのぞき込んだり、触ろうとしたりしている。人のようでいて、人ではない。

「このように『そこにいますよ』と強く示してあげるとほとんどの人が視認できます。言葉や仕草はそれ自体が霊術なんです」

「そ、そんなことより、なんなんですか、アレは!」

「あれはただの霊です。本当は依頼なしに勝手なことはしないんですが、見せて差し上げると言ってしまいましたしね」

彼はレシートを手にその黒い影に近づいた。

「これはこうして使います」

小さくお経か祝詞のような文言を唱えると、サッとレシートを影に突きつける。

影から低くうめくような声が聞こえた。

「――清算」

その瞬間、レシートがぱっと燃え上がり、影が煙のように消えていった。

俺は言葉を失った。

「今の、何……?」

「あれは酒飲みの霊です。レシートに記録された『缶ビール』が、あれの執着をなぐさめるとともに、祓ったわけです。弁当も食べたわけです」

男は淡々と説明した。「弁当も食べた」のくだりは冗談で言っているのかよくわからない。笑うべきところだったかもしれない。

さらに別のレシートを見せてくれた。

「これはスーパーの総菜売り場。この『唐揚げ』が効くんです。低級の霊には特に」

「じゃあ、これは?」

「……『サラダ』ですね。これはあまり効果がない。『生』のエネルギーに満ちているほどいいんです。例えばこれはかなり強力ですね」

見せてくれたレシートはコンドームのレシートだった。もしかして笑うところなのかもしれないが、真顔で言うものだから笑っていいのかわからない。この人――圧倒的に冗談が下手だ。

彼の鞄には、仕分けされた大量のレシートが入っていた。

居酒屋、スーパー、コンビニ、百均。

「状況に応じて使い分けるんです。たとえば……」

そう言って彼は、駅のホームの柱を指差した。

そこにはうっすらと、痩せこけた女の影が張り付いていた。

俺は息を呑んだ。この男に指差されるとあまりにも普通に「見えて」しまう。さっきは見えなかったはずなのに……。

男は迷わず子供用お菓子のレシートを取り出し、柱に貼り付けた。

「ラムネやチョコなどの駄菓子は『慰め』になる。孤独な霊はこれで眠れるんです」

確かに影は薄くなり、やがて完全に消えた。呆然とする俺に、男は真剣な表情で言った。

「人間は買い物をするとき、無意識に自分の欲を刻み込むんです。レシートはその証明書。だから、強いんですよ。人が生きている、生きようとしているエネルギーの証ですから」

それ以来、俺は彼を何度も見かけた。

雨の日も、風の日も、レシートを拾い集め、大切そうにしまい込む。

ひとりの時は霊なんてまったく見えないが、やはり彼が指し示すと、そこに霊がいるのが見える。

タイミングが合うと男は除霊を見せてくれた。どうやら界隈ではよく知られた除霊師のようで、仕事の依頼は多いみたいだ。

スーパーの魚コーナーのレシートで水の霊を封じ、「いろはす2リットル」のレシートで火伏せを行い、カフェのホットミルクのレシートで荒ぶる霊を鎮めていた。

以来、俺は買い物をするたび、レシートをすぐには捨てられなくなってしまった。

――あれが本当にお札になるのかどうかは、今も半信半疑だ。レシートを扱うあの男の方に特別な力があるだけかもしれない。

でも、買い物をするとつい財布の奥にレシートを大切にしまい込んでしまうんだ。もしかして、霊に襲われたらお守りになるのかも――ってね。

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