いや、これマジの話なんだけどさ、人間がスマホみたいに充電できるようになったんだよ。
最初にニュースでその技術が紹介されたとき、さすがに冗談かと思った。
「USB-Cで充電できます!」とかアナウンサーが言ってて、新しいギャグかな、と。
でも、数年後に会社の休憩室に「人間充電器」っていう椅子が福利厚生の一環として設置されたんだ。
最初はみんな気恥ずかしそうに見ていただけだったが、ひとり、ふたりと試す社員が現れた。
俺も遅ればせながら試してみたんだが、これが本当に充電されてる感じでさ。
座ると背もたれからジワ〜っと充電されているような感じがして、10分もすれば「ピロン♪」って音と一緒に体が軽くなる。
人間充電器の発売当初はUSB Type-Cケーブルを口に咥えるというなんとも間抜けなものだったが、我が社に導入された最新機種はワイヤレス充電に対応していた。
疲れは取れる、眠気は吹っ飛ぶ、やる気がみなぎる。まさに充電!
カフェインとかタウリンとか一切なし。純粋に「バッテリーゲージ」が回復する感覚。
いや、最初は怪しいと思ったんだけど、一度使ったらもうやめられない。
だって本当に、午後の会議で死んでた俺が、突然フル充電で「はいっ! 承知しました!」ってやる気満々の元気100倍なんだから。
でも同僚からも「充電したな?」ってバレバレ。これがちょっとばかり恥ずかしいんだけど、要は慣れだな。トイレから出てきたところを見られて恥ずかしがる人がいないのと同じように、馴染んでくると俺は思っている。
さて、問題はここからだ。
うちの課長がな、調子に乗って毎日フル充電どころか「過充電」までし始めたんだよ。
「俺はまだイケる! もう10分!」って言ってさ。
その結果どうなったと思う?
まず、やたらテンション高くなって、朝礼でギター持ってきて「イェーイ! 会社サイコー!」って叫びながら、廊下を行ったり来たり走り回る。テーマパークに入場した5歳児でももっとおとなしいだろ。当然仕事どころじゃない。
次の日は会議で机をバンバン叩きながら「俺は無限に働ける!」って叫んでた。いや、もう、この時点でまったく働いてないんだよ。本当に。
さらに過充電傾向が進むとどうなるか。課長、夜になっても眠れなくなったらしい。
そんな風になっても「俺は24時間稼働できる!」と、ドヤ顔。大丈夫なのか、それ?
でもその分、目の下のクマはひどくなるし、瞳孔が開いてるし、表情がすでにイっちゃってるんだって。
極めつけは金曜日。
「俺のバッテリー残量は1000%だ!」って言って、廊下を全力疾走して壁に激突。
漫画みたいに火花散って倒れたんだよ。
――で、救急搬送。なぜか近くにいた俺がつきそい。
医者が真顔で「これは過充電ですね」って言ったときは、申し訳ないけど、笑いをこらえるのに必死だった。
いや、過充電なのはみんな知ってたけど、診断名でも過充電っていうんだ。
しかも退院後も懲りてなくてさ。
「ちょっと控えめにするわ」とか言いながら、また休憩中に充電器にこっそり座ってんの。――で、ピロン♪って音が鳴るたびにドヤ顔で戻ってくる。過充電にならなければ、いいんだろうけど、あんな騒動になったら、俺ならしばらく座れないわ。
ただ、課長だけじゃないんだ。隣の部署の若手もやらかした。
徹夜続きで疲れてたやつが、タイムカード押した後に2時間くらい充電したらしい。
結果、週末に「過充電暴走モード」突入。
カラオケで朝までアニソン100曲熱唱、帰りに川沿いで「俺は最強!」ってポーズ決めて警察に保護された。
いや、これ完全に充電器の使い道間違ってるだろ。なんで金曜日、しかも退勤後に充電した? はよ帰って寝ろよ。
結局、社内上層部で過充電の危険さが知れ渡り、「充電ルール」が制定された。
・1回15分以内
・1日3回まで
・過充電による問題行動を起こした者、ボーナス減額
最後の罰則が一番効いた。過充電=財布のバッテリーが削られるって何かの洒落かな。
でもな……実は俺も一度やらかしたんだよ。
飲み会って疲れるじゃん? だからその前にちょっと充電しとこうと思って30分座ったら、体力が有り余ってさ。
その勢いでビールジョッキ10杯飲んで、二次会でカラオケ乱入して、気づいたら朝まで踊ってた。
次の日? 充電残量ゼロで出社。でも、やっぱり怖くてその日は充電をパスしたんだ。これ、普通の感覚だろ?
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