目を覚ましたとき、空の色が違っていた。
昨日まで住んでいた星の空は、柔らかな青だったはずだ。
けれど今日見上げる空は、薄紫に揺らめき、星々が昼間から淡く瞬いていた。
喉が乾き、空気を吸い込む。
微かに甘い匂いがした。
「……ここはどこだ」
周囲を見渡すと、見知らぬ草原が広がっていた。
草は背丈ほどもあり、葉の先は光を放っている。
風に揺れるたびに、淡い音色を響かせていた。
昨日まで住んでいた星では、こんな植物は存在しなかった。
記憶をたどる。
あの星には、確かに家があり、友人がいて、毎日の暮らしがあったはずだ。
なのに、どうしてここにいるのか思い出せない。
立ち上がり、歩き出すと、遠くに建物のような影が見えた。
近づくと、それは人の手で造られた街だった。
石造りの家々、透明な水晶でできた塔。
道を歩く人々の姿もある。
だが、誰一人として僕に気づかない。
すぐ横を通り過ぎても、目を合わせることさえなかった。
「すみません!」
声をかけてみる。
返事はなかった。
まるで僕の存在が、この世界から切り離されているかのようだった。
しばらく街を歩くと、大広場に出た。
中央に円形の石碑があり、そこにはこう刻まれていた。
『昨日まで住んでいた星の名を忘れるな』
石碑を見つめた瞬間、頭の奥で鐘のような音が鳴った。
次の瞬間、記憶があふれ出す。
――昨日まで、確かに別の星に住んでいた。
そこは青い空と水の星。
しかし、空が赤く裂けるように光り、星そのものが崩壊していったのだ。
逃げ場はなかった。
ただ強い光に包まれ、気づけばここにいた。
では、この星は何なのか。
周囲の人々をよく見てみる。
顔はどこか懐かしく、記憶の中の人々に重なった。
家族や友人、同僚……確かに昨日まで一緒に暮らしていた人たちだ。
だが彼らは僕を認識せず、淡々と生活を続けている。
「なぜだ……どうして僕だけが外れている?」
震える声で呟いたとき、背後から声がした。
「あなたは選ばれなかったから」
振り返ると、白い衣をまとった人物が立っていた。
顔は霞んでいて判別できない。
その存在だけが、僕を見ていた。
「選ばれなかった?」
「昨日まで住んでいた星は終わった。人々の記憶は、この星へと移された」
「じゃあ……ここは?」
「失われた星の記憶を保存する場所」
理解できなかった。
「じゃあ僕は……」
白い人物は静かに告げた。
「あなたは何らかのトラブルにより、記録形式が違う状態で保存されました。だから、ここでは誰にも気づかれない」
胸の奥が冷たくなった。
昨日までの暮らしは確かにあったのに。
笑い合った声、温かな食卓、眠る前の静けさ。
すべてが記録から僕だけ漏れたのか。
「どうすれば……僕も、この星に生きられる?」
必死に問うと、白い人物は首を振った。
「一度記録されると、記録形式は変えられない。あなたはただ、昨日まで住んでいた星を覚えている証人になる」
「証人……?」
「そう。誰もが忘れる中で、あなた一人だけが覚えていられる」
そう言って、白い影は消えた。
気づけば広場には人々の声が響き、日常が続いている。
だが僕はその中に入ることはできなかった。
昨日まで住んでいた星の記憶を、ただ一人抱えたまま。
そして今夜も空を見上げる。
昨日まで住んでいた星は、もう存在しない。
けれどその記憶だけが、確かに胸に残り続けている。
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