#421 ウィジャボードの夜

ちいさな物語

大学二年の夏、僕は友人の洋平と美咲に誘われて、アパートの一室でウィジャボードをすることになった。夏休みだったのでちょっと怖い遊びをしてみたかったんだろう。

ボードには文字や数字が並び、プランシェットを動かす遊びだということくらいは知っていたが、心霊番組でしか見たことがなかった。要するに洋風な「こっくりさん」くらいの認識だ。

「本当に動くわけないよ」と笑ってはいたものの、内心は少しだけ緊張していた。こっくりさんといえば、その失敗談が笑えない怪談として話される定番だからだ。

三人で小さなプランシェットに指をそっと置いた瞬間、部屋の空気がひんやりした気がした。

洋平が質問を始めた。「ここに誰かいますか?」しばらく沈黙が続いた後、プランシェットがじわりと「Y」に動いた。

「おい、ふざけんなよ」

僕はすぐに洋平を疑ったが、彼も美咲も首を振った。

次に「E」、そして「S」。その瞬間、背筋に冷たいものが走った。

「……誰?」と美咲が震え声で聞いた。

するとプランシェットは滑るように「K」「E」「N」と綴った。

ケン。

その場にいた三人は顔を見合わせた。僕の兄の名前だった。

二年前、事故で亡くなった兄の名。

「お兄さん……?」

美咲が小声でつぶやいた。僕は声を出すことすらできなかった。その時、プランシェットがこれまでよりも素早く動いた。指を離してはいけないと全員が顔をこわばらせる。

「D」「O」「N」「’」「T」

そして止まった。

僕は思わず尋ねた。「何を、しちゃいけないんだ?」

沈黙。

数秒後、プランシェットは激しく動き、ただ一言だけを刻んだ。

「OPEN」

――その瞬間、玄関のドアが、ガタガタと揺れた。僕たちは悲鳴をあげ、プランシェットから手を離してしまった。だが、プランシェットは勝手に動き続けていた。

「THEM」

僕は慌ててボードを掴み、力任せに折った。部屋は静まり返った。揺れるドアも止まり、プランシェットも動かなくなった。

三人は息を詰め、折られたボードを見つめて黙り込んだ。

それ以来、ドアが叩かれる夢ばかり見る。自室で昼寝をしている夢、友達とゲームをしている夢、図書館で勉強をしている夢――そして夢の最後には必ず乱暴にドアが叩かれる。ドアの向こうから聞こえるのだ。誰かが囁く声で「ドアを開けろ」と。

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