#431 未来を変えた枝豆

ちいさな物語

あの日、僕が居酒屋で枝豆をつまんでいただけで、あんなことになるとは思わなかったんです。

昼間からビールの泡をすすりながらまったり。何気なく枝豆を押し出した瞬間、豆がつるりと飛び出したんですよ。

それがぴゅんと隣の席へ飛んでいって、見知らぬサラリーマンの額に直撃した。

「す、すみません!」と慌てて頭を下げたら、そのサラリーマンはむしろ笑いながら「いやいや、豆が当たるなんて運がいいのかな」と言ったんです。気のいい方でよかったと胸を撫で下ろしたのも束の間。

笑っていた彼の持っていたグラスがちょっと傾き、中身のハイボールが隣の若いカップルの女性のワンピースにかかってしまった。

仕事の休憩中にハイボール? いやいや、そんなことはどうでもいい。

女性は悲鳴を上げ、彼氏は怒鳴り、サラリーマンは平謝り。

それを見ていた店員が注文のラーメンを持ったまま慌てて駆けつけたんですが、足をもつれさせて熱々のどんぶりをぶちまけた。

そのラーメンがかかってしまったのは、かわいそうに、店のマスコット猫の上。

猫は「ギャッ」と飛び上がり、店中を駆け回り、皿をひっくり返し、客の悲鳴が入り乱れた。

混乱の中で慌てすぎた誰かが警察を呼んでしまったらしく、数分後にはパトカーが到着。

ところが、そのサイレンを聞いた近くの銀行で、ちょうど窃盗を企んでいた二人組が「バレた!」と勘違いして逃げ出したんです。

その二人組は慌てすぎて、曲がり角でケーキ屋の配達バイクと衝突。

ケーキが宙を舞い、通りがかった子どもたちの頭に落ちた。まるで往年のコントのように。

子どもたちは泣き出し、配達員は青ざめ、通りは大騒ぎ。

そこにテレビ局の中継車が偶然通りかかり、レポーターがマイクを突き出した。

「これは一体どういう騒ぎでしょうか!」

カメラが映したのは、ケーキまみれの子どもといかにもな姿をした銀行強盗(未遂)の二人組。

それがその日のニュースのトップになり、街中が「平和な商店街に起きた大混乱」として話題になった。

ニュースを見た市長は安全対策を訴え、急きょ予算を組んで防犯カメラを大量に設置。

その結果、街中で起こったさまざまな事件が摘発され、証拠映像としても重宝された。

市長の判断は大正解だった……という特番を組もうと地元テレビ局が市長を突撃。さらに設置された防犯カメラについて調べたところ、非常に悪質な業者との癒着が発覚した。

さらに不正が次々と見つかり、市長をはじめ、地元議員が数人失職することになった。

空いた議席をめぐって選挙が行われ、無名だった某候補が当選。

この人物が後に全国的な政治家となり、数年後総理大臣にまでなる。そして日本の方向性を大きく変えていった……というのはさらに数年先の未来の話。この某総理の手腕により日本は世界一の経済大国へのし上がり、「幸福度の高い国ランキング」では常に上位の幸せな国になったのだった。

でもね、その発端が何だったかを知っている人は少ない。

全部、僕が飛ばした枝豆から始まったんですよ。要するに僕が日本の未来を変えたわけです。

小さな豆ひとつが、街を、いや国を揺るがすきっかけになるなんて、誰が想像できたでしょう。

だから今でも、居酒屋で枝豆を手にすると、僕はちょっとためらうんです。

「これを飛ばしたら、次は何が起こるんだろう」って。枝豆が飛べば歴史が変わるんだからね。

そんな馬鹿げた話が本当にあったんですよ。

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