#432 みらいさま

SF

むかしむかし、ある山あいの村に奇妙なものが落ちてきたそうな。

夜の空が昼のように明るくなり、どーんと火の玉がすっと降りてきて、畑の真ん中に黒い箱を残したのじゃ。

村人たちは驚いて集まり、その箱を囲んだ。

「これはなんじゃ」

「火薬か、それとも鬼の道具か」

箱は人の胸ほどの大きさで、金属のようにつややかに光り、触れるととても熱かったそうな。

しばらくすると箱の表に文字のようなものが浮かび上がった。

それはこの村の誰も知らぬ印だったが、不思議と心には意味が流れ込んできたという。

――パスワードを入力してください。

村人は顔を見合わせた。

「ぱすわーど、とはなんじゃ?」

だれひとり答えられなかった。

だが子どもが面白がって石で叩くと、箱は光を放ち「エラーです」と言ったそうな。

人々は震え上がった。

「しゃべったぞ!」

「やはり鬼の道具じゃ!」

それでも若者のひとりが言った。

「待て、これはきっと未来の宝だ。使えば村が豊かになる」

その言葉に長老も迷ったが、結局「しばらく祀ることにしよう」と決めた。

こうして箱は社に納められ、米や酒が供えられるようになった。

すると不思議なことに、その年は周りの村が凶作であったにもかかわらず、この村だけは作物がよく実ったのじゃ。

「やはり未来の神の道具じゃ!」

人々は喜び、ますます大事にした。

しかし時が経つにつれ、箱はまた別の声を発するようになった。

――アップデートを開始します。しばらくお待ちください。

光が激しく点滅し、村人はみな地にひれ伏した。

数日のあいだ、村は嵐のような風に包まれたという。

けれども終わったあと、なぜか川の水は澄み、魚が多く獲れるようになった。

村人はますます信じ込み、箱を「みらいさま」と呼んで祀り続けた。

だが長い年月ののち、ある若者が禁を破って箱を開けようとした。

力任せにこじ開けると、中には薄い板のようなものが入っておった。

それは夜の闇でも自ら光り、指でなぞると絵や文字が浮かび上がった。

若者は夢中になり、それを毎日触り続けた。

やがて村の人々もその板を見ようと群がり、仕事を忘れ、畑も荒れていった。

「これは神ではない、呪いの道具だ!」と叫ぶ者もいたが、だれも耳を貸さなかった。

そうして村人たちはだんだんと気力を失い、畑は荒れ果てていったそうな。

ただ、今も山奥にはぽつんと社が残っていて、中には黒い箱と光る板が眠っておると伝えられている。

そして夜中に近づけば、こんな声がするそうじゃ。

――充電してください。

――アップデートがあります。

……さてさて、これがほんとうの話かどうかはわからぬがな。

神の道具を自分たちのためにつかってしまった村人の話か、それとも未来から迷い込んだ道具の話か。結局――わからんなあ。

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