最初にその「連中」を見たのは、駅前のロータリーでした。
タクシーの順番を巡って、酔っ払いの中年とサラリーマンが口論していた。どこにでもあるような揉め事です。どっちが先に並んでいたとか、嘘だとか。声を荒らげ、互いに指を突きつけていたその瞬間、聞こえてきたんです。
「さあ皆さん、本日のカードはこちら! タクシーの順番を譲るのか譲らないのか! 第一ラウンド開始!」
カーン!
鳴り響くゴング、マイク越しのようにとどろく実況の声。
同時に、笛の音がピィーッと鳴り、白黒の縦縞ユニフォームを着た男が二人の間に割って入った。
「両者、距離をとってください! ここは公正に! ルールを守って!」
中年とサラリーマンはあっけにとられて一歩下がる。周りの人々もぽかんとしていたけれど、実況はさらに熱を帯びて叫び続けました。
「おっと! ここでサラリーマン、冷静さを取り戻したか!? 引き下がるか、それとも反撃か!」
レフェリーは真剣そのものの顔で、両者の肩に手を置き、カウントをとるように数字を刻む。
「ワン! ツー! スリー!」
その妙な雰囲気に気圧されたのか、二人の男は互いに視線を逸らし、「まあ……今回は」と呟きながらお互いに引き下がってしまった。
すると実況は大げさに締めの言葉を叫んだ。
「勝者! 平和ッ! 今日も町は守られた!」
観衆の中から拍手や笑い声が漏れ、酔っ払いもサラリーマンも恥ずかしくなったのか慌ててその場を立ち去ってしまった。
レフェリーと実況は深々とお辞儀をすると、気づけば姿を消していました。
――あれは幻だったのか?
そう思いましたが、それからというもの、僕は何度も彼らを目撃することになったんです。
コンビニのレジで列に横入りした客が出れば、実況が「ここで不意打ち! 割り込みアタックだぁ!」と叫び、レフェリーが笛を吹いて割り込み客を列の最後尾に下げさせる。
駐輪場で自転車がぶつかった、ぶつかってないと高校生同士が殴り合いそうになれば、実況が「青春真っ只中! 意地と意地のぶつかり合い!」と盛り上げ、レフェリーが「ノーファイト! 握手で終わりましょう!」と二人の手を強引に握らせる。周囲から温かな拍手が聞こえた。もちろん二人とも恥ずかしくなったようで慌てて逃げ出していく。
不思議なことに、どんな揉め事も彼らが介入すると拍子抜けしたように収まるんです。たぶんバカバカしくなっちゃうんですよね。
しかし彼らは一体、何者なのか。ある日、思い切ってレフェリーに声をかけてみました。
「あなたたち、最近よく見かけるんですけど、何をしてるんですか?」
レフェリーは一瞬驚いたように目を見開き、すぐにニッと笑いました。
「我々は公正を見届ける者。この町がリングになる限り、我々は立ち会うのです」
リングにはなってないと思うが……。
「じゃあ、報酬は? 市からお金もらってるんですか?」
「報酬?」と彼は笑いました。
「拍手、笑い、そして平和。それで十分なんです」
そう言うと実況が隣からマイクを向けてきました。
「おっとここで質問タイム! 勇気ある市民が立ち上がった!」
もちろん恥ずかしくなってその場を逃げ出しましたよ。
でもね、彼らが出てくると確かに町の空気は和らぐんです。
誰もが一瞬で「自分の喧嘩が茶番だった」と気づいてしまう。それが滑稽で、同時に救いでもある。
今でも時折、遠くであの笛の音が聞こえることがあります。
――ピィーッ!
もしかしたら、あなたの町にも現れるかもしれませんよ。実況とレフェリーが、あなたの揉め事を「試合」として裁く日が。
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