#434 川の大橋ものがたり

ちいさな物語

むかしむかし、とある里に大きな川が流れておった。

その川は流れも早く、雨が降ればすぐに氾濫して、里の人々はたびたび困らされていた。

とりわけ川を渡るのが大変でな、舟を使えば流され、泳げば命を落とす。里と里とをつなぐ道はその川でぷつりと途切れておった。

あるとき、里の庄屋が言った。

「わしらの暮らしをよくするには、川に大きな橋をかけねばならん」

人々は大賛成し、村じゅうの力を合わせて橋を作ることになった。

けれども川は暴れ川じゃ。木を組めば流され、石を積めば押し崩される。

「どうすれば橋がもつのじゃろう」

みなで頭をひねっていると、ある夜、ひとりの旅の僧が里にやってきた。

僧は人々の話を聞いて、長いひげをなでながら言った。

「橋をかけたいのなら、川の神に供物をささげねばならぬ。川は生き物じゃ。なにもなくては、橋をゆるしはせん」

人々はおそるおそる尋ねた。

「供物とは、なにをささげればよいのですか」

僧は目を細めて答えた。

「それは、人ひとりの魂じゃ」

人々は色を失った。

けれども橋を望む声は強かった。

「誰かひとりの命で、みんなの暮らしが救われるのなら……」

そうささやく者もいた。

そのとき、庄屋の家の若い娘が進み出た。

「わたしが供物になります。どうせ女に生まれた身。里の役に立てるのなら本望です」

庄屋は泣いて止めたが、娘の心は動かなんだ。

こうして娘は川辺に立ち、白い着物をまとって祈りをささげ、流れの中へと歩み出た。

そのとき、不思議なことに川は荒れることなく静まり返り、夜の水面に大きな光が広がった。

やがてその光は川をまたぐようにのび、翌朝には立派な大橋となっていたのじゃ。

人々は手をとりあって喜んだ。

「これで川におそれずに暮らせる」

「娘さまのおかげじゃ」

それから里は豊かになり、人々は橋を娘の名をとって「おしの橋」と呼んで大事にした。けれども約束は続いていた。

橋は十年に一度、かならず「供物」を求めた。供物をささげずとも、ある日ふいに人がひとりふっと姿を消す。

「橋に呼ばれたのだ」

そう人々は言った。恐ろしいことではあったが、それでも橋は人々の暮らしになくてはならないものだった。だからこそ、村人たちは十年に一度人が消えても見て見ぬふりをしておった。

実は今でもその川に大きな橋がかかっておる。鉄と石で立派につくられ、車も人も行き来している。

じゃがな、夜更けに橋を渡ると、白い着物の娘が欄干に立っておるのを見るという。

すっと流れを見つめるその姿に出会った者は、決して声をかけてはならぬ。声をかければ橋は、次の供物として姿を消すことになるという言い伝えじゃ。

――さて、わしの話はここまで。

そうそう、覚えておくがよいぞ。

ここじゃなくとも、大きな川にかかる橋を渡るときは、用心することじゃ。川は生き物――いや、神様じゃからな。

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