あれは本当に妙な夜だったんです。
駅前のベンチに腰かけていると、不意に隣におじさんが座ったんですよ。よれよれのスーツ、手に持った紙袋からはパンの匂い。まあ普通のおじさんだと思いました。
ところが次の瞬間、そのおじさんの胸元がパカッと開いて、中から別のおじさんが出てきたんです。
「こんばんは」
姿も服もさっきのおじさんそのもの。でも、一回り小さい。
僕は驚いて立ち上がりましたが、誰も気にしていない。通り過ぎる人も見えていないみたいなんです。
小さいおじさんはベンチに座り直すと、僕に向かってこう言った。
「実は私、コレを操縦していたんです」
よく見ると、さっきのおじさんの体はまだベンチに座っている。胸元は閉まっているが、目は虚ろで動かない。どうやらロボットだったらしいが……。
「いや、意味がわからない」
僕がそう言うと、小さいおじさんは肩をすくめました。
「簡単ですよ。この大きなおじさんは私の操縦するおじさんロボットです。そして――」
そう言うやいなや、その小さいおじさんの背中がパカッと開いた。
さらに小さなおじさんが姿を現したんです。
「こんばんは」
同じ顔、同じ声、ただ縮小されただけ。
「えっ……まさか……」
「はい。私がコレを操縦していました」
次々と小さいおじさんが現れては「操縦していた」と名乗る。
僕の目の前に、マトリョーシカのように大きい順におじさんロボットが並んだ。
大きなおじさんロボットの中に中くらいのおじさん、その中に小さいおじさん、そのまた中にもっと小さいおじさん……。
数が進むごとに声は高くなり、体は掌に収まるほど小さくなった。
そして最後に、米粒ほどのおじさんがちょこんと僕の肩に乗って言ったんです。
「これで全部です。私は最小のおじさんで本体です」
あまりに突拍子もない光景に、僕は笑うしかなかった。
「――で、おじさんは一体何者なんだ」
米粒おじさんは真面目な顔で答えました。
「おじさんです」
「いや、それはわかってるんだけど」
「私たちは、おじさんであり、おじさんを操縦するおじさんでもあるのです」
「何のために?」
「その問いには答えられません。ただ……」
おじさんは小さな指で僕の頭をつついた。
「次は、あなたの番です」
すると僕の体が急に重くなり、目の前が白く弾けた。
気がつくと、僕は巨大なおじさんロボットの中に座っていたんです。
計器のようなものが並び、小さなレバーを握ると、外の大きなおじさんの腕がナチュラルに動く。
「操縦席……?」
背後を振り返ると、さらに小さなおじさんがにこにこと笑っていた。
「ようこそ。あなたもおじさんの一部になりましたね」
外の世界では、普通の人間サイズの大きなおじさんが歩き出していた。
「待て、戻してくれ!」と叫んでも、レバーは勝手に動く。
どうやら基本は後ろの小さなおじさんが操作しているらしい。
「ちょっと! ここから出して!」
「無理です。あなたも、私が操縦するおじさんロボットの乗組員の一員になりました」
そう言って彼は、胸元をパカッと開いた。
その奥から、さらにもっと小さなおじさんが顔を出した。
「……わかりますか?」
「わかるわけないでしょ!」
あの夜以来、僕はおじさんロボットに取り込まれてしまったんです。
今こうして話している僕も、本当に僕なのか、それともおじさんの一部なのか……。
だんだん自分が何なのかよくわからなくなってきているんです。
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