#439 不思議なカプセル

ちいさな物語

最初にそのガチャガチャを見つけたのは、廃れたショッピングモールの一角だった。

他の店はとっくに閉まり、テナント募集の張り紙が並ぶ中、ぽつんと置かれた一台の機械。赤と青の色はすっかり褪せて、透明のケースも黄ばんでいた。

暇つぶしに百円玉を入れてハンドルを回す。何か話のネタになるようなものが出てくるかもしれないと思ったのだ。

ガタンと音を立てて落ちてきたカプセルを開けると、中にはひび割れた砂時計が入っていた。中の砂は動かない。

「ん? 砂が詰まってるのかな。不良品か」

そう思いながらもなんとなく持ち帰った。

翌朝、その砂時計を机に置いたまま寝坊してしまった。アラームが鳴ったのは記憶しているが、「あと5分」と、二度寝してしまったまま起きられなかった。

慌てて時計を見ると、アラームの鳴った時間のまま針が進んでいない。目覚まし時計を手に取ると、思い出したかのように針が動き出す。

「あれ? 気のせいか?」

しかし、部屋の壁掛け時計もニュース番組の時刻表示も全部アラームの鳴る時間のままだった。二度寝したことが夢だったのか。

ちらりと砂時計に目をやったが、やはり砂は動いていない。そもそも、あのガチャガチャはなんだったのだろうか。気になって会社帰りにもう一度回しに行ってみた。

あの時は暇が潰せれば何でもいいと見てもいなかったが、ガチャガチャには「不思議な道具」と手書きのような達筆で書かれていた。他に何も特徴がない。

二度目のカプセルから出てきたのは「鉛筆の芯だけ」。

木軸はなく、芯だけが細長く残っている。それで紙に文字を書こうとすると、見覚えのない単語が勝手に書かれる。

「事故」「崩壊」「夜半」……

どれも不吉な言葉ばかりで、僕は紙ごと破り捨て、鉛筆の芯と一緒に捨てた。

その後は何も起こらなかった。

三度目は「鍵」。

だが形がおかしくて普通の鍵穴には合わなそうだった。なんとなく鍵をなくして開かなくなった自分の部屋の机の引き出しに差し込むと、なぜか奥まで入り、回すと――開いた。

中から出てきたのはいかにも小学生低学年が描いた感じの絵だった。

真っ黒に塗りつぶされた人影がいくつも描かれ、それぞれ丸いものをもっている。これはガチャガチャのカプセル?

画用紙の隅に僕の名前が書かれているが、まったく記憶がない絵だった。

気味が悪くなり、絵と鍵はその場で捨てた。その後は何も起こらなかった。

四度目は「小さな鏡」。

映る自分は笑っていた。無表情のまま見ているのに、鏡の中の自分は口元を歪めてニヤニヤと笑っていたのだ。

慌てて鏡を伏せたが、その夜、夢の中で同じ笑顔をした自分が立っていた。

気持ちが悪いのでその鏡も捨てた。――夢は見なくなった。

五度目のカプセルには「紙切れ」が入っていた。そこにはこう書かれていた。

《次は開けるな》

だが、好奇心が勝った。

六度目を回すと、今度は「黒い羽根」が出てきた。触れると指先がじわりと痛み、血がにじんだ。羽根は血を吸うように真紅に染まっていった。

恐ろしくなって、その羽根を放って逃げるようにその場を離れた。

それ以来、カプセルが勝手に増えるようになった。気づけば机の上、ベッドの下、靴箱の中にも転がっている。

どのカプセルも開けていないのに、中から小さな音が聞こえる。

コツコツと叩く音。

誰かが内側から出ようとしているかのような音だ。

僕はもう開ける勇気がない。

けれど、確実にカプセルは増え続けている。気がつけば部屋の半分を埋め尽くすほどに。

そして今朝、一番上のカプセルが勝手に割れた。中から出てきたのは、小さな赤いカード。そこには見慣れない文字でこう書かれていた。

《まだ終わりではない》

僕は理解した。

このガチャガチャは何かの呪いだ。

部屋の隅から、ガコンと新しいカプセルが転がってきている。

それを拾わなければいいと分かっているのに、手が勝手に伸びてしまう。まるで何かの中毒者のように。

こうなることはひとつ目のカプセルを開けてしまった瞬間から決まっていたのかもしれない。

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