#443 呪屋繁盛記

ちいさな物語

あんた、呪屋って知ってるかい?

そう、最近はやたら耳にするだろ。アニメや漫画の影響で、若いやつらの間じゃちょっとしたブームになってんだ。

実は俺、その呪屋をやってるんだよ。

元々は細々とした商売でね、頼みに来るのは本当に切羽詰まった人間ばかりだった。浮気した旦那をどうにかしたいとか、姑を黙らせたいとか、そういう日々の細かな恨みごとを相談に来る。

ときには政治家が政敵をどうにかしてほしいとかいうヘビーな依頼も来る。どちらかというとそのヘビーなやつがメイン事業なんだけどな。

でもまあ、いろいろ合わせても飯を食うには十分だった。

ところが、数年前から潮目が変わった。ある漫画が大ヒットして、「呪い」という行為が注目された。

アニメで知って憧れた若者が面白半分で呪いをかけられる場所を探し始めたんだ。やがてSNSで「呪屋ってのがあるらしい」とか拡散されてな。気づけば俺の店は静かに大繁盛。

「理由はないけど、友達をちょっと呪ってみたいです!」

「推しが私以外と結婚できなくなるように呪ってください!」

「テスト勉強サボっちゃったんで先生を呪ってください」

こんな冗談みたいな依頼が山のように舞い込んできたわけだ。どいつもこいつもお気軽に「呪え、呪え」と言いやがる。同業者たちも辟易してたな。

正直、呪いってのはそんな軽いもんじゃないんだ。やろうと思えば人ひとり消し飛ばせる力を持ってる。でも若者たちは遊び感覚で来る。仕方ないから俺は「軽呪(けいじゅ)」と呼んでる弱いやつを売ることにしていた。

何もないところで転んだり、タンスの角で小指をぶつけたり、スマホの通信状況が悪くなったり、口内炎ができたり、指の関節を蚊に刺されたり……そんなささやかな不幸だ。それ以上を求めるなら大金を請求する。そうでもしなきゃ死人がゴロゴロ出ちまうだろ。

それが逆にウケて、リピーターが続出した。まぁ、これくらいならいいかって感じで、軽呪は安請け合い。情けないことに、これが今稼ぎ頭になっちまった。

だけどな、問題はここからだ。

遊びで呪いを使っていた連中が、だんだん「本物」に目覚め始めたんだよ。

「あの子を絶対に自分のものにしたい」

「アイツがいなくなれば、俺はトップになれる」

「推しのライバルを消したい」

軽い呪いで遊んでいた連中が、次第に重い依頼の方へ手を伸ばしていく。いわゆる中毒症状だな。呪った相手が小さな不幸に襲われると、ちょっとした万能感を味わっちまう。

もちろん遊び半分で呪いをかけられちゃたまらないから、大金を請求して諦めさせる。こっちも業界の都合とか、ささやかなプロ意識もあるわけだ。

昨今の依頼人は呪いの代償が大きすぎることをわかっちゃいない。依頼者自身がただじゃ済まないだけじゃなく、実のところこっちも危険なんだ。

でも、中には大金を積んででも何とか呪ってほしいとしつこい客もいる。断れば別の呪屋に流れて、そこがどうしようもない店だった場合は大惨事になるのは業界「あるある」だ。

何しろ呪い慣れている大物政治家さんたちと違って、正しい呪い方なんてわかっちゃいないんだからな。いっそ俺の店で管理した方がまだマシだと思うようになった。

儲けは確かに増えたよ。

だけどダメだ。やっぱり呪う覚悟も決まってないのに、金だけはある浮ついた依頼者が多すぎる。

「あの呪い、効きすぎました……元に戻してください。こんなつもりじゃなかった」

「もう呪いをやめたいんです、でも……止まらないんです。助けてください」

そう言って泣きながらすがってくる。

俺はちゃんと事前に言ったよ。「呪いは願いと違って返ってくることがある」ってな。

でも人間は愚かだ。わかっていても、また依頼する。

ある日、大学生くらいの女が来たんだ。見た目は普通の子だった。けれど依頼内容は「同じゼミの女を消してほしい」という重いやつだ。

理由を聞いたら「教授に気に入られてるからムカつく」だと。くだらねえ理由だろ。

もちろん大金をふっかけた。普通なら引き下がる。ところがそいつは実家が極太みたいで、「親からの仕送りがあるから」と言って、札束をテーブルに叩きつけた。

……仕方なく呪ったよ。依頼どおりの相手の女は事故に遭った。命は助かったが重い後遺症を負うことになっちまった。こうなると、反動もでかい。

依頼した女は最初は喜んでた。だが一週間も経たずに店に戻ってきた。顔色は死人みたいに青くて、震えながら「夜ごと夢にあの子が出てくる」って。

「あの子が病院ベッドから這い出してきて、『同じ目に遭わせるから』って……」

その目を見て「ああ、もう持っていかれるな」ってわかった。呪いってのは「発動」で終わりじゃない。呪った瞬間から、依頼者自身も呪われる側に片足突っ込むんだ。ここで精神を持ち崩すともうダメだ。本当に返ってきた呪いにのまれちまう。

だから大物政治家さんは強いんだよ。テレビ見てたらわかるだろ。日本中から大バッシングされてもケロリとしてやがる。あの神経がないと呪いなんてかけられないんだよ。

別の日には、会社員風の男が「部長を蹴落としてほしい」と来た。軽呪で済ませようとしたが、どうやら高給取りらしく、金をガンガン積み増して、ちょっと転ぶくらいでは納得いかない、と。金に目がくらんだわけじゃないが、意思が固いご様子なんで、結局引き受けたよ。

部長は数日後にスキャンダルで失脚した。だがその男は昇進どころか、風除けの部長が消えた途端に社内のあらゆる期待、要望、そして怒涛の業務に押し潰されてボロボロになっちまった。

最後に俺の店に来たときは、ぼろ雑巾みたいな顔で「呪いを取り消してください」って土下座してたよ。

……俺は断った。いや、断るしかなかった。呪いは不可逆。「便利なやり直しボタン」なんてない。だから結果を全部背負い込む覚悟がいるってこった。

そういう客を、俺は何人も見てきた。

だから言うんだ。儲かるのは事実だが、呪屋ってのは気楽な商売じゃない。

軽呪で遊んでた連中が中毒になり、やがて自分自身を壊していく。その過程を俺は毎日見せられてる。

それでも客は減らない。むしろ増える一方だ。

ブームだから? 違うな。

人間の心の奥底には、必ず誰かを呪いたい感情があるんだ。

SNSで愚痴を吐くのと同じ気軽さで「呪ってやりたい」って思っちまう。

そして一度その味を覚えたら、もうやめられない。

夜な夜な、店の前に黒い影が並ぶ。俺には見える。呪った相手の残滓、呪い返しで歪んだ依頼者の魂。

客には見えちゃいないが、あれは確かにここにいる。俺はプロだからなんてことはないが、あんたらは十分に気をつけな。

「遊びで呪う」ってのは一番危険なんだ。軽い気持ちで火遊びすれば、気づいたときには全身に火が回ってる。

俺は今日も店を開ける。

「いらっしゃいませ。ご依頼の前に、呪いがどんなものか、説明させてもらいます。話を聞いて、それでもっていうなら依頼をおうかがいします」

……さて、次に泣きながら戻ってくるのは、どの客だろうな。

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