#447 街灯の下の影

ちいさな物語

あれは俺が夜勤に向かうために歩いていたときのことです。

街灯って、日が暮れて空が暗くなると自動で点きますよね。あの瞬間にね、妙なものを見てしまったんですよ。

ある日の夕方、駅への細い道を歩いていたんです。商店街から外れた裏通りで、人通りはほとんどない。日も暮れかけて、そろそろ街灯が点く頃合いでした。

「カチッ」

電気が切り替わるような音と同時に、街灯がふっと点った。その一瞬、光の輪の中に「誰か」が立っていたんです。

それが人のように見えたけどよくわからない。黒い影が街灯の下に立って、こちらを見ていた……ように感じた。ただ、光に照らされ顔の影は濃くなり、はっきりとは見えない。

次の瞬間にはもう消えていた。

見間違いだと思いたかった。でもそれからというもの、何度も同じ光景を目にするようになったんです。

街灯が点灯する、その一瞬だけ。必ずそこに「何か」が立っている。

不思議なことに、周囲の人も同じようなものを見ていたようでした。

「今、そこ、人いなかった?」

「……いや、気のせいだろ」

そう言って笑う二人連れとすれ違ったこともありました。

ある晩、勇気を出して街灯の真下に立ってみました。いつも影が現れると感じている場所です。

やがて夕闇が濃くなり、例の「カチッ、カチッ」と街灯が明滅した後、点る。

その瞬間、俺は自分のすぐ隣に“誰か”が立っているのを感じました。視界の端に、肩のあたり、呼吸の気配。ぞっとして振り向いたけれど、誰もいない。ただ街灯の光だけが冷たく照らしている。

すごく近くにいた……。やはり一瞬だ。

それ以来、俺は夜道を避けるようになった。

でも、不思議なのはここからです。

それ以来、他の場所の街灯が点く瞬間を直視できなくなりました。友人や同僚にこの話をすると、必ずこう言うんですよ。

「それって、俺も見たかもしれない」

一人や二人じゃない。みんな、この辺りにいる人の多くは見ている、もしくは感じている。

街灯が点る一瞬だけ、そこに“いる”と。

もちろん知らないという人もいたが、「怪異目撃談」としては多すぎることは確かだ。

しかも聞けば聞くほど、その影は自分の見たものと同じ気がしてきた。

ある者は「男だった気がする」と言い、ある者は「小柄な女に見えた」と言う。しかし共通しているのは、必ずこちらを見ているという点。

まるで、街灯が灯る瞬間だけ、こちら側を覗いているかのようなんです。

それが誰なのか、何なのか、正体はわからない。調べても、ここで亡くなった人がいるとか、歴史的な大事件が起こっていたとか、そういう話は一切見つからなかった。

ただ一つだけはっきりしているのは――

あれを一度見てしまった人間は、何度でも目撃する。

まるで選ばれてしまったかのように。夜道を避けるようにしたのはそういう理由だ。以前はまったく見なかったのに一度見てからはずっと見てしまっている。

だから今こうして話しているあんたも、気をつけたほうがいい。

次に街灯が点くとき、あんたも見てしまうかもしれない。一度、見てしまったらもう――

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