いや、聞いてくれよ。俺さ、まさか本当に異世界転生するとは思ってなかったんだ。
トラックに轢かれて気づいたら光に包まれて、あのベタな展開だ。「次に目を覚ましたら魔法と剣の世界で無双するんだろうな」って、頭の片隅で期待してたよ。
――で、目を開けたらあったんだよ。でっかい城、甲冑着た兵士、長い杖を持ったおじいさん。おお、これぞファンタジー! テンプレ! 俺のチート人生の幕開けだ! って思った。――けど、最初から違和感があったんだよな。
だって兵士の鎧、よく見たら後ろにファスナーついてんだよ。しかも銀色のはずの鎧が、近くで見たらアルミホイルみたいに光ってる。剣を抜いたら「カシャン!」って、プラスチックのおもちゃみたいな軽い音。
魔法使いのおじいさんも、「ファイアーボール!」って叫んで手を振り上げたんだけどさ……ポケットから取り出したの、クラッカー。パンッて鳴ってそっちに目がいった瞬間に、ガスバーナーから火がごーっと吹き出した。
周りの人たちは「おおー!」って大歓声だよ。え? こんなので納得するの? 魔法じゃなくて余興じゃん。
俺は正直ポカーンとしてたんだけど、みんなは真剣なんだよな。どうやらこの世界じゃ「魔法=手品」って常識らしい。
宿屋に泊まったときもそうだった。看板に「冒険者歓迎!」って書いてあるのに、出てきた連中はみんな見覚えのある衣装。アニメのキャラとか、ゲームの主人公っぽい服ばっかり。
俺が「どこのダンジョン帰りですか?」って聞いたら、「え? コミケの新刊買いに行った帰りだよ」って。
――ここ、異世界じゃなくてオタクテーマパークか何か?
いや、でも本当に食べ物とか景色はファンタジー風なんだよ。街並みは石造りだし、肉は串に刺して豪快に焼いてる。通貨も金貨銀貨。
ただ、よく見ると石畳の隙間から電線が出てる。店の奥からは「ブーン」って発電機の音がしてる。
「魔道具」って呼ばれてるランタン、中にLED電球入ってた。
もう完全に頭が混乱してたね。
極めつけは「ギルド」だ。冒険者ギルドって看板がかかってて、「依頼」を受けられるシステムになってるんだけど……依頼内容が「ドラゴン討伐」じゃなくて「ドラゴン討伐TRPG参加者募集」とか「洞窟探検(ごっこ)メンバー募集」とか……。
ギルドの奥にいたギルドマスターがまた衝撃でさ。「ようこそ異世界の旅人よ!」って重々しく言ったあと、ポケットからタバコを取り出して普通にライターで火をつけやがった。
「お前、どこの世界から来た?」って聞かれたから「日本です」って答えたら、「ああ、同じだな」って。
そこで俺はやっと気づいた。この世界、見た目こそファンタジーだけど、中身は全部「コスプレ」なんだ。
人々は本気でそれを演じてて、生活そのものを「ファンタジーごっこ」で成り立たせてる。
でも、だからといってバカにできない。だってその「演技」が極まって、現実と区別がつかないほどの精度になってるんだ。火も雷も、仕掛けや科学の力でそれっぽく再現して、住人全員が信じてる。
俺は混乱しつつも、だんだん思い始めたんだ。
――これ、逆にチート使えなくない?
だって俺だけ素で「現代人」やってたら浮くんだよ。ファンタジーの皮をかぶったこの世界では、「演じる力」が最強スキルなんだ。
思うにここは転生したオタクたちが協力して作り上げた「こうだったらいいな」を実現した理想の転生先なんだ。
考えてもみろ。実際のファンタジー世界なんて、食べ物は粗末だろうし、環境も過酷だ。家でゲームやってた連中はサバイバルやアウトドアの知識があっても実践したことないヤツが大半だろう。
それに実際にモンスターと戦うなんてことになったら、手足はもげるわ、内臓ぐちゃぐちゃにされるわのグロ展開なんてザラにある。インドアオタクには耐えられないだろう。
そういう考えにいたり、俺もこの世界の設定におもねることにした。最初は剣士のコスプレ。次は魔法使いの格好。意外と楽しい。ここでは「オタク、きもっ」と変な目で見る人はいない。だんだん板についてきて、俺はこの「演じる異世界」でそこそこ名を上げるようになった。この世界、「それっぽさ」が価値を生む。
でも、夜寝る前にふと考えるんだ。
「ここは本当に異世界なのか?」
わからない。けど一つだけ確かなのは、俺はもう完全にこの奇妙な「劇場」に取り込まれてるってことだ。
そして、観客のいない舞台で演じ続ける俺たち自身が、たぶん最大の謎なんだよ。
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