#475 ツッコミは2秒以内

ちいさな物語

勇者として選ばれたとき、正直、少しだけ泣いた。

幼い頃からの夢だったからだ。剣に選ばれ、神託を受け、命に代えても魔王を倒す。それが俺の運命――のはずだった。

しかし、初めて仲間と顔を合わせた瞬間、これまでゆるぎなかった自分の運命に疑問を抱いた。

「どうも! このパーティーの戦士、ツッコミ一筋十五年のゴドンです!」

「魔法使いのミレーヌで~す! 魔力より愛嬌のボケ担当♡」

「僧侶のパパルだ。ボケて笑わせて治すタイプのヒーラーです」

え? 何? このテンション。

勇者パーティーの初顔合わせって、こんなノリでいいの? これから命懸けの旅が始まるんだよ?

「――で、あんたが勇者ってことは、ツッコミ担当?」

「いや、ツッコミとかじゃなくて……勇者」

「ツッコミじゃないの!? ボケ3人とかパーティー編成崩壊してんじゃん!」

いや、勇者と戦士と魔法使いと僧侶ならパーティーとしてかなりバランスがいいはずだ。全然崩壊してないんだが。

しかしゴドンも頭を抱えている。

「伝説のツッコミ担当の俺でもボケ3人はちょっと抱えきれない……」

どうやら彼らは真剣に「笑いベース」で物事を考えているらしい。

その日から、俺たちの冒険(?)が始まった。

ただし――戦いより笑いを優先する、前代未聞の勇者パーティーとして。

最初の戦いは森のスライムだった。

「スライムごとき、俺が瞬殺してやる!」と俺が剣を構えるより早く、パパルが前に出て叫んだ。

「俺に任せろ! スライム相手に回復魔法! ヒールッ!」

「おい! 敵を癒すな!」

すかさずゴドンがツッコむ。

「だって、弱そうでかわいそうだったから……」

「いや、優しさ出すとこ間違ってる!」

笑い声が響いた。ミレーヌはスカートを翻して、杖を振りながら叫ぶ。

「ファイヤーボール! ――って言いながら、ここでケーキを焼きまっす♡」

「焼くなー!」

ツッコミを強制される俺も必死だった。戦いに集中できない。しかし敵はなぜか次々と退散していく。バカバカしくなったのか?

「おい! ボケたら2秒以内にツッコまなきゃだろ!」

「いや、そんなルールいつ決まった!?」

「俺の脳内会議で決めただろ!」

「知らねぇ!!」

最後までいたスライムも逃げた。

そりゃそうだ。命懸けの戦闘のはずが、こっちは漫才してるんだから。

宿屋でも混乱は続いた。

「修行のために寝る前にギャグ1つ言わないと寝られないことにしようぜ!」とゴドンがわけのわからないことを言い出し、パパルが「じゃあ俺から」と布団の上で正座し、両手を挙げた。

「いやぁー、今日はオーガが多がったね!」

「なに訛ってんねん!」

「さすがゴドン、早い! 1秒も経ってない!」

ミレーヌは枕を抱えてクスクス笑う。

「でも、なんか楽しいね。魔王は怖いけど、こうやって笑ってたら大丈夫かも」

その言葉に、少しだけハッとした。

この連中はふざけてるようで、笑いで恐怖を抑えているんだ。……たぶん。そう思うことにしよう。

数週間後、魔王城が見えた。そして、死闘(?)の末、とうとう魔王のいる玉座の間にたどり着く。長い旅だった。俺は剣を抜き放ち、仲間たちに告げた。

「ここから先は笑いなしでいくぞ。命懸けだ」

「えーっ!」と全員が不満そうに唇を尖らせる。

「よく考えろ。魔王の前でスベったら立ち直れない」

「死よりつらい罰だな、それ!」

扉を開けた瞬間、玉座に座っていた魔王が、ゆっくりと立ち上がり、こう言った。

「……勇者よ。来ると思っていた」

そして、ゴドンが一歩前に出て叫ぶ。

「どうもー! 勇者パーティーです! 今夜も楽しいお笑いの時間だよお!」

「お、おい、待て!」と、止めようとしたが、もう遅い。

パパルが杖を構えて「ヒールでハートをキャッチ・アンド・リリース!」と、叫んで壁の銅像にヒールをかける。ハートをキャッチしたのにリリースしてる。ツッコミたい。

ミレーヌが「火の玉3分クッキング☆」と叫び、魔法で玉ねぎを焼き出す。その玉ねぎどこから出てきた? ツッコミたい。

2秒経過――そして俺はなぜか反射的に叫んでいた。

「魔王、ツッコミ遅せえって! こっちはボケてんだろうがぁ! ツッコミ勇者斬りィィィィ!!」

剣が光を放ち、魔王に直撃した。轟音と共に、魔王の玉座が吹き飛ぶ。

沈黙。

煙の中から魔王がふらりと現れた。

そして、ぽつりと一言。

「……おもしれぇ」

次の瞬間、魔王は腹を抱えて笑い出した。

「ハハハハ! 貴様ら最高だ! 久しぶりに腹が痛ぇ!」

俺たちは呆気にとられた。

「おい、魔王、笑ってるぞ」

「ウケた……ウケたぞ……!」

「これは、勝った……のか?」

気づけば俺たちも笑っていた。

魔王は涙を拭きながら言った。

「笑わせた者を殺すのは野暮というものだ。見逃してやるから帰るがいい」

パーティー全員が顔を見合わせ、声を揃えた。

「なに帰らせようとしとんねん!」

魔王がペシッと自分の頭を叩く。

「あちゃー」

こうして世界に平和が戻った。

俺たち勇者パーティーは――戦いの代わりに笑いで世界を救ったのだ。

俺たちの凱旋コントにはスペシャルゲストとして魔王が出場予定になっている。チケットは完売したと、王様が言っていた。

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