#482 かわいすぎる親友

ちいさな物語

「なあ、どう思う?」

昼休み、いつものようにコンビニ弁当を食べていた俺の前に、見知らぬ女子が立っていた。いや、正確には女子じゃない。

「……お前、マジで誰?」

「俺だよ、健太」

それを聞いた瞬間、弁当の唐揚げをのどに詰まらせた。ゴホゴホ言いながら、水をがぶ飲みしてから、もう一度見上げた。

そこに立っていたのは、たしかに矢田健太——俺の親友。ただし、どう見てもかわいい女子にしか見えなかった。

ロングのウィッグ、淡いピンクのニット、黒のスカート。メイクも完璧で、ぱっちりした目にうっすらチーク。それでいて表情は、あのいつもの無表情。

「ど、どういうことだお前」

「女装してみた」

「……は?」

「思ったより似合ってた」

それだけ言うと、健太は俺の向かいに座り、唐揚げをつまんだ。爪もピカピカに塗られている。

「お前、女装とか……お前、そういう趣味あったのか?」

「いや、昨日ノリで姉ちゃんに化粧してもらって。鏡見たら、『あ、これ、いけるな』って思って」

「軽いな!」

「ほら、姉ちゃん、美容の専門学校行ったろ? 練習台なんだ。悪くないだろ?」

悪くないどころか、全然いける。いや、むしろめちゃくちゃかわいいって言っていいレベル。なのに、声もしゃべり方も健太のまま。

「もうちょっと、こう、内股で歩くとか、裏声で話すとか、そういう……」

「はぁ? 変態かよ、お前。あ、放課後ゲーセン行かね?」

「さらっと変態扱いして流すな。――で、ゲーセンって、その格好で?」

「は? わざわざ着替えなくてもよくね?」

「おいおい、周りの目どうすんだよ」

「別にいいだろ。今どき多様性の時代だし」

そう言いながら、ポテトサラダをもりもり食ってるのがシュールすぎた。かわいい顔で、声と言動が完全に男子。

その日の放課後、健太は本当にその格好のままゲーセンに行った。周りの視線が刺さる。これって、健太がむちゃくちゃかわいいからだろ。俺は彼氏か何かだと思われてないか。こっちがこんなに気をもんでいるのに、本人はまったく気にしていない。

クレーンゲームの前で真剣な顔して、「あのリラックマ取る」とか言ってる。しかも、熟練者の手つきで操作してる姿が、なんか無駄に絵になってた。

「なあ、こっちからアーム入れたほうがいいんじゃね?」

「いや、景品の重心考えたら、右からのほうがいい」

「理屈っぽいやつだな」

「うるせえ。理屈で勝負するタイプなんだよ」

……会話が完全に男同士。

ただ、一緒にいると、なんか混乱する。見た目はかわいい女子。中身はいつもの健太。俺の脳がどっちに反応すべきか分からなくなる。

「お前、女の子にモテなくなるぞ」

「むしろ増えた」

「増えた!?」

「昨日インスタに上げたら、フォロワーが一気に増えた。コメント欄、『かわいい』と『彼氏いるの?』で埋まってる」

「いやいや、詐欺だろ」

「最初から男だって言ってんだから詐欺じゃないだろ」

開き直ってる。完全に開き直ってる。むしろ楽しんでいるのか。ネット上で他の男にモテているというのは、なんとなくモヤッとする。これってまさか嫉妬?

健太は昔から変に肝が据わってるやつだ。小学生のときからそうだった。変なことを平然とやって、みんなを笑わせるタイプ。

だけど、女装を続けるうちに、ちょっと変化が出てきた。

「お前、最近なんか雰囲気違くね」

「そうか?」

「うん。なんか柔らかくなったっていうか」

「たぶん、女装してるときの自分が、楽なんだと思う」

健太は静かに言った。いつもふざけてるのに、そのときだけは真剣な声だった。

「やっぱ男の格好してると、強くいなきゃとか、くだらねえことで悩むなとか、勝手に力入っちゃうんだよ。でもこの格好だと、嫌なことあってめそめそしてても全然否定されないだろ。その上、男だって言ってんだから、がに股で歩いてても文句言われないし、女装した男が最強説、あるぞ」

「な、なるほどな……」

説得力がある。しかし、それを成り立たせるには、女装した姿が周囲を黙らせるくらいかわいくなければならないのだが。俺がやっても「キモッ」って差別されるのが目に見えている。

それから数週間、健太の女装は日常になった。

授業にも普通に女装して来る。先生も最初は驚いたが、「まあ、成績いいからいいか」で済ませた。それに今の時代、異性装に否定的な意見を言いにくいのはご存じの通り。

昼休み、女子たちと一緒に弁当を食べる健太。しかも、女子のほうもすっかり打ち解けている。「メイク教えて」とか、「髪型かわいい」とか。

ただ、健太の中身はまったく変わってない。休み時間になると俺の机に来て、「昨日の配信見た?」とか、推しのライバーの話を振ってくる。

俺もつい普通に話してしまう。

だけど、ふとした瞬間、笑ったときの頬の動きとか、目の輝きとかが、どうしても「かわいい」と感じてしまうんだ。

脳が混乱する。

男子の親友なのに、かわいいと思う。でも、それを言ったら何かが壊れそうで、言えない。

春休みのある日、健太が言った。

「そろそろ、やめようかな」

「女装?」

「うん。なんか大体わかった」

「そうか……」

次の日から健太は普通に男の格好で通学してきた。

でも不思議なことに、誰もが普通に健太を受け入れていた。クラスの女子たちは、「なんかこっちも似合うね」と言い、男子も普通に接していた。

俺はというと、時々思い出す。あのときの健太の姿を。しゃべり方も態度も何も変わらないのに、どうしてあんなに魅力的だったんだろうって。

たぶんあれは、見た目の話じゃない。人が自分らしくいるって、あんなふうに輝いて見えるんだな。

そう思うと、今でも少しドキッとする。そして、俺は今日も、普通に健太とくだらない話をしている。

「なあ、配信見た?」

「見た。最高だった」

……あの違和感が、なんだか少しだけ懐かしい。

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