放課後の図書館は、いつも少し埃っぽい匂いがした。窓から差しこむ夕陽が、木の床をオレンジ色に染める。
その日、四人の子どもたちは誰も開けたことのない本棚の前に立っていた。鍵のかかった扉が、なぜか少し開いていたのだ。
「ねえ、これ、ずっと閉まってたやつだよね?」
背の高いレンが、ためらいながら扉を押す。ギギ、と音を立てて開くと、そこには一冊だけ、厚い絵本が眠っていた。
『世界を渡る子どもたちの物語』と、金色の文字で書かれている。
ページをめくった瞬間、まぶしい光があふれ、四人は一度に息をのんだ。
気がつくと、そこは絵の中だった。草のにおいがして、空はありえないほど青い。
「え……? 絵本の中?」
一番小さなミナが言うと、花のつぼみがぱちんと開き、声がした。
「ようこそ、最初のページへ!」
花の中から、小さな羽の生えた少女が現れた。名前はフルリ。この世界の案内人だという。
「この本はね、ページごとに別の世界。次のページに進むには、その世界の『おわり』を見届けなくちゃだめなんだ」
「おわり?」
「そう。まだ終わっていない物語が、たくさん眠ってるの」
四人は顔を見合わせ、頷いた。
最初の世界は「泣く花の丘」。
空は昼も夜も雨模様で、花たちがずっと泣いていた。
「どうして泣いてるの?」とミナが聞くと、一輪の青い花が答えた。
「私たちの歌を覚えてくれる人が、もういないの」
レンが考え、持っていたリコーダーを吹いた。優しい音が丘に広がり、花たちは少しずつ顔を上げた。
「ありがとう。このページはこれでおしまい」
風が吹き、ページがめくれる。次の世界へ。
そこは「止まった時間の町」。
時計塔が静まり、人々は動かないまま立ち尽くしている。カイが塔に登ると、てっぺんで古びた時計の針が空を指して止まっていた。
「これ、動かせばいいのかな」
けれど針はびくともしない。すると、どこからか声がした。
「時間を動かすのは、人の心だけだよ」
その声に導かれるように、リオが小さく笑った。
「だったら、みんなで笑えば動くかもね」
四人が顔を見合わせて笑うと、町の人々の口元が少しずつゆるんだ。時計塔が鳴り、空が朝焼けに染まる。
また風が吹いて、ページがめくれた。
次の世界は「空を泳ぐくじらの海」。
空には巨大なくじらがゆっくりと泳ぎ、尾びれの波が雲を揺らしている。
「わあ……」
子どもたちは歓声を上げた。けれどその海の下には、誰もいない島があった。波の代わりに風だけが吹いている。
「ここは誰の物語?」とレンがたずねると、フルリが静かに言った。
「この島は、あなたたちの未来のページ」
「ぼくらの……?」
「まだ描かれていないけど、いつかあなたたちが自分の物語を描くの」
風がやさしく頬をなでた。
そしてまた、光が強くなった。
目を開けると、そこはもう図書館だった。誰も開けたことのない本棚の前に立っている。
「夢……じゃ、ないよね」
足元に青い花びらが一枚だけ落ちていた。ミナがつぶやき、レンは静かに本棚に触れた。
「きっとまた開くときが来るよ。僕たちの物語が終わったら」
四人は振り返らずに図書館を出た。窓から差しこむ夕陽が、再び木の床をオレンジ色に染めていた。
その光の中、誰も開けたことのない本棚の本が一瞬だけ、かすかに動いた気がした。
まるで、次のページが彼らを呼んでいるかのように。
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