#487 絵本の扉をくぐる子どもたち

ちいさな物語

放課後の図書館は、いつも少し埃っぽい匂いがした。窓から差しこむ夕陽が、木の床をオレンジ色に染める。

その日、四人の子どもたちは誰も開けたことのない本棚の前に立っていた。鍵のかかった扉が、なぜか少し開いていたのだ。

「ねえ、これ、ずっと閉まってたやつだよね?」

背の高いレンが、ためらいながら扉を押す。ギギ、と音を立てて開くと、そこには一冊だけ、厚い絵本が眠っていた。

『世界を渡る子どもたちの物語』と、金色の文字で書かれている。

ページをめくった瞬間、まぶしい光があふれ、四人は一度に息をのんだ。

気がつくと、そこは絵の中だった。草のにおいがして、空はありえないほど青い。

「え……? 絵本の中?」

一番小さなミナが言うと、花のつぼみがぱちんと開き、声がした。

「ようこそ、最初のページへ!」

花の中から、小さな羽の生えた少女が現れた。名前はフルリ。この世界の案内人だという。

「この本はね、ページごとに別の世界。次のページに進むには、その世界の『おわり』を見届けなくちゃだめなんだ」

「おわり?」

「そう。まだ終わっていない物語が、たくさん眠ってるの」

四人は顔を見合わせ、頷いた。

最初の世界は「泣く花の丘」。

空は昼も夜も雨模様で、花たちがずっと泣いていた。

「どうして泣いてるの?」とミナが聞くと、一輪の青い花が答えた。

「私たちの歌を覚えてくれる人が、もういないの」

レンが考え、持っていたリコーダーを吹いた。優しい音が丘に広がり、花たちは少しずつ顔を上げた。

「ありがとう。このページはこれでおしまい」

風が吹き、ページがめくれる。次の世界へ。

そこは「止まった時間の町」。

時計塔が静まり、人々は動かないまま立ち尽くしている。カイが塔に登ると、てっぺんで古びた時計の針が空を指して止まっていた。

「これ、動かせばいいのかな」

けれど針はびくともしない。すると、どこからか声がした。

「時間を動かすのは、人の心だけだよ」

その声に導かれるように、リオが小さく笑った。

「だったら、みんなで笑えば動くかもね」

四人が顔を見合わせて笑うと、町の人々の口元が少しずつゆるんだ。時計塔が鳴り、空が朝焼けに染まる。

また風が吹いて、ページがめくれた。

次の世界は「空を泳ぐくじらの海」。

空には巨大なくじらがゆっくりと泳ぎ、尾びれの波が雲を揺らしている。

「わあ……」

子どもたちは歓声を上げた。けれどその海の下には、誰もいない島があった。波の代わりに風だけが吹いている。

「ここは誰の物語?」とレンがたずねると、フルリが静かに言った。

「この島は、あなたたちの未来のページ」

「ぼくらの……?」

「まだ描かれていないけど、いつかあなたたちが自分の物語を描くの」

風がやさしく頬をなでた。
そしてまた、光が強くなった。

目を開けると、そこはもう図書館だった。誰も開けたことのない本棚の前に立っている。

「夢……じゃ、ないよね」

足元に青い花びらが一枚だけ落ちていた。ミナがつぶやき、レンは静かに本棚に触れた。

「きっとまた開くときが来るよ。僕たちの物語が終わったら」

四人は振り返らずに図書館を出た。窓から差しこむ夕陽が、再び木の床をオレンジ色に染めていた。

その光の中、誰も開けたことのない本棚の本が一瞬だけ、かすかに動いた気がした。

まるで、次のページが彼らを呼んでいるかのように。

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