#507 伝説の剣、しゃべります

ちいさな物語

あの日、俺は確かに死んだはずだった。それなのに――気がついたら、俺は鉄の塊になって地面に突き刺さっていた。

そう。俺は一本の剣になっていた。青白く光る刃。やけにいわくありげな装飾。

「おい、誰かいるか?」

反射的に声を出したら、近くにいた若者が腰を抜かした。そいつが、俺の新しい持ち主になるリオだった。

「け、剣がしゃべった!?」

「おう、しゃべるぞ。あと考えるし、助言もしてやる。ここは窮屈だから、さっさと抜いてくれ」

「いや、でも、剣は勇者にしか抜けないはずで……」

「じゃあ、お前が勇者でいいよ。早く抜け」

とりあえず地面に刺さっている状況が不快だったので、リオを勇者ということにしてしまった。だが、リオとの旅は散々だった。

リオは俺に選ばれた分際で好き勝手なことを言う。

「こ、こいつ絶対呪われてる!」

「うるさい、ちょっと黙ってろ!」

「なんで勝手にしゃべるんだよ!」

……とまあ、この調子で、始終しゃべる伝説の剣にビビり散らかしている。そのくせに、あまのじゃくだから手に負えない。

俺が「右だ」と言えば左に行き、「やめとけ」と言えば必ず突っ込む。そのたびに敵に囲まれ、俺が火花を散らして無理やり助ける。

「まったく、これだから最近の勇者はダメなんだよ」

「うるさい! あんた何様だ!」

「伝説の剣様だ。そして元冒険者だぞ。とにかく俺が勇者を選ぶんだ。選ばれたら黙って従え」

「元冒険者? じゃあ、死んだってこと? 弱いじゃん!」

「いちいち腹立つガキだな」

そんなやり取りをしながら、旅は続いた。

だが、リオは根が悪い奴じゃなかった。夜になると火を焚いて、俺を丁寧に拭く。

「お前、しゃべらなければ結構かっこいい剣なんだけどな」

「はん、褒め言葉として受け取っとくぜ」

そう言うと、リオは少し笑った。まだガキなだけで、ちゃんと勇者にふさわしいやさしさを持っている。

その笑顔を見て、ふと昔の仲間を思い出した。俺が人間だったころ、一緒に戦ったバカども。……そうか、俺はこいつらと同じ目をしてたんだな。

しばらく経ったころ、リオはだんだん戦いに慣れてきた。最初は剣を振るうたびに目をつぶっていたのに、今じゃ俺の重さに合わせて正確に動く。

「なあ、勇者リオよ」

「なんだよ、あらたまって」

「成長したな。最初のころはカエル一匹に泣いてたのに」

「うるさい、そんな昔のことは忘れろよ。それにカエルったってあれはモンスターだったろ」

「だがそのカエルの仲間が、今、後ろにいるぞ」

「えっ!?」

「冗談だ」

「お前、また!」

……まあ、まだまだ子供なのには変わらない。

だが、ある夜のことだ。焚き火の前で、リオがぽつりとつぶやいた。

「なあ、剣。お前、なんでそんなに俺に厳しいんだ」

「お前を生かすためだ。人間は簡単なことで死ぬんだよ」

「俺は勇者だぞ? 世界を救う運命なんだ」

威勢のよかったリオの声が次第にトーンダウンする。

「――なのに、怖いんだよ。戦うのが。モンスターを斬るのが……」

その言葉に、俺はしばらく黙った。

「いいか、勇者。怖いと思えるうちは大丈夫だ。恐れを知らない奴は、誰も守れない。恐れを知っているから強くなれるんだ」

リオはうつむいて、それきり何も言わなかった。

翌朝から、彼の剣筋が変わった。敵を斬るたびに、目の輝きが強くなっていった。子供だったリオは立派な青年に成長していた。

そして数日後、とうとう魔王城の入り口にたどり着く。黒い空、荒れ狂う風。リオの足は震えていたが、手はしっかりと俺を握っていた。

「行くぞ、相棒」

「……ああ」

扉が開いた瞬間、炎が吹き荒れた。魔王の声が響いた。

「小僧が剣一本で来るとは。笑わせるな」

リオは深呼吸をした。

「剣一本じゃない。こいつと二人だ」

……悪くないセリフだ。

戦いは壮絶だった。俺はリオの手に合わせて、全身の魔力を解放した。光の刃が闇を裂き、炎を斬り、雷をはじく。リオは俺の指示を完全に信じていた。

(左だ!)

(今だ、跳べ!)

(右の壁を使え!)

息がぴったりだった。

最後の一撃を放つ前、リオが笑った。

「これで最後だ!」

俺たちの渾身の一撃が、魔王の胸を貫いた。黒い炎が弾け、城が崩れた。

すべてが静かになったとき、リオは俺を地面に突き立てて笑った。

「……勝ったな」

「ああ」

「お前、最初の頃、ほんとにうるさかったけどさ」

「今もだろ」

「でも……ありがとう」

不意に、俺の刃が温かくなった。それが涙なのかどうか、俺にはわからない。

リオは剣を見つめて、ぽつりと言った。

「次は、俺が誰かを導けるようになりたい」

「お前ならできる」

そのあと、俺は封印された。伝説の剣として、聖堂の奥に安置された。リオは立派な王になったと聞く。

……たまに退屈になる。だが、夜中に風が吹くと、遠くから声が聞こえる。

「おい、剣。俺の声、まだ届いてるか?」

聞こえてるよ。うるさいな。ちゃんと聞こえてる。そして俺は今日も、祈るように刃を震わせる。次の勇者が来る日まで。その日も、きっと叫ぶだろう。

「おい、勇者! 俺を早く抜け!」

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