あの日、俺は確かに死んだはずだった。それなのに――気がついたら、俺は鉄の塊になって地面に突き刺さっていた。
そう。俺は一本の剣になっていた。青白く光る刃。やけにいわくありげな装飾。
「おい、誰かいるか?」
反射的に声を出したら、近くにいた若者が腰を抜かした。そいつが、俺の新しい持ち主になるリオだった。
「け、剣がしゃべった!?」
「おう、しゃべるぞ。あと考えるし、助言もしてやる。ここは窮屈だから、さっさと抜いてくれ」
「いや、でも、剣は勇者にしか抜けないはずで……」
「じゃあ、お前が勇者でいいよ。早く抜け」
とりあえず地面に刺さっている状況が不快だったので、リオを勇者ということにしてしまった。だが、リオとの旅は散々だった。
リオは俺に選ばれた分際で好き勝手なことを言う。
「こ、こいつ絶対呪われてる!」
「うるさい、ちょっと黙ってろ!」
「なんで勝手にしゃべるんだよ!」
……とまあ、この調子で、始終しゃべる伝説の剣にビビり散らかしている。そのくせに、あまのじゃくだから手に負えない。
俺が「右だ」と言えば左に行き、「やめとけ」と言えば必ず突っ込む。そのたびに敵に囲まれ、俺が火花を散らして無理やり助ける。
「まったく、これだから最近の勇者はダメなんだよ」
「うるさい! あんた何様だ!」
「伝説の剣様だ。そして元冒険者だぞ。とにかく俺が勇者を選ぶんだ。選ばれたら黙って従え」
「元冒険者? じゃあ、死んだってこと? 弱いじゃん!」
「いちいち腹立つガキだな」
そんなやり取りをしながら、旅は続いた。
だが、リオは根が悪い奴じゃなかった。夜になると火を焚いて、俺を丁寧に拭く。
「お前、しゃべらなければ結構かっこいい剣なんだけどな」
「はん、褒め言葉として受け取っとくぜ」
そう言うと、リオは少し笑った。まだガキなだけで、ちゃんと勇者にふさわしいやさしさを持っている。
その笑顔を見て、ふと昔の仲間を思い出した。俺が人間だったころ、一緒に戦ったバカども。……そうか、俺はこいつらと同じ目をしてたんだな。
しばらく経ったころ、リオはだんだん戦いに慣れてきた。最初は剣を振るうたびに目をつぶっていたのに、今じゃ俺の重さに合わせて正確に動く。
「なあ、勇者リオよ」
「なんだよ、あらたまって」
「成長したな。最初のころはカエル一匹に泣いてたのに」
「うるさい、そんな昔のことは忘れろよ。それにカエルったってあれはモンスターだったろ」
「だがそのカエルの仲間が、今、後ろにいるぞ」
「えっ!?」
「冗談だ」
「お前、また!」
……まあ、まだまだ子供なのには変わらない。
だが、ある夜のことだ。焚き火の前で、リオがぽつりとつぶやいた。
「なあ、剣。お前、なんでそんなに俺に厳しいんだ」
「お前を生かすためだ。人間は簡単なことで死ぬんだよ」
「俺は勇者だぞ? 世界を救う運命なんだ」
威勢のよかったリオの声が次第にトーンダウンする。
「――なのに、怖いんだよ。戦うのが。モンスターを斬るのが……」
その言葉に、俺はしばらく黙った。
「いいか、勇者。怖いと思えるうちは大丈夫だ。恐れを知らない奴は、誰も守れない。恐れを知っているから強くなれるんだ」
リオはうつむいて、それきり何も言わなかった。
翌朝から、彼の剣筋が変わった。敵を斬るたびに、目の輝きが強くなっていった。子供だったリオは立派な青年に成長していた。
そして数日後、とうとう魔王城の入り口にたどり着く。黒い空、荒れ狂う風。リオの足は震えていたが、手はしっかりと俺を握っていた。
「行くぞ、相棒」
「……ああ」
扉が開いた瞬間、炎が吹き荒れた。魔王の声が響いた。
「小僧が剣一本で来るとは。笑わせるな」
リオは深呼吸をした。
「剣一本じゃない。こいつと二人だ」
……悪くないセリフだ。
戦いは壮絶だった。俺はリオの手に合わせて、全身の魔力を解放した。光の刃が闇を裂き、炎を斬り、雷をはじく。リオは俺の指示を完全に信じていた。
(左だ!)
(今だ、跳べ!)
(右の壁を使え!)
息がぴったりだった。
最後の一撃を放つ前、リオが笑った。
「これで最後だ!」
俺たちの渾身の一撃が、魔王の胸を貫いた。黒い炎が弾け、城が崩れた。
すべてが静かになったとき、リオは俺を地面に突き立てて笑った。
「……勝ったな」
「ああ」
「お前、最初の頃、ほんとにうるさかったけどさ」
「今もだろ」
「でも……ありがとう」
不意に、俺の刃が温かくなった。それが涙なのかどうか、俺にはわからない。
リオは剣を見つめて、ぽつりと言った。
「次は、俺が誰かを導けるようになりたい」
「お前ならできる」
そのあと、俺は封印された。伝説の剣として、聖堂の奥に安置された。リオは立派な王になったと聞く。
……たまに退屈になる。だが、夜中に風が吹くと、遠くから声が聞こえる。
「おい、剣。俺の声、まだ届いてるか?」
聞こえてるよ。うるさいな。ちゃんと聞こえてる。そして俺は今日も、祈るように刃を震わせる。次の勇者が来る日まで。その日も、きっと叫ぶだろう。
「おい、勇者! 俺を早く抜け!」



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