#512 うさぎ道の迷い子

ちいさな物語

村の外れに「うさぎ道」と呼ばれる地下通路があってね、昔から大人たちは「あそこには入るな」と言っていたんだよ。

土の匂いがして、ひんやりとした風が流れていてね、子どもにはたまらない秘密の場所だったんだ。

その日もカズと仲間たちは探検に出ていた。

ところが途中でカズだけが遅れ、気づいたときには仲間の姿がどこにもなかったんだ。

通路はまっすぐのはずなのに、行けども行けども仲間たちに追いつかない。不思議に思いながら歩いていたら、ふっと明かりが消えたように感じてね。

かわりに、遠くからぽつりと小さな灯りが見えた。それは古いランタンのようにゆらゆら揺れていた。こんな地下の奥に誰がいるんだ、とカズは怖くなったが、仲間かもしれないと近づいたんだよ。

すると灯りのそばに、小さな影があった。

人の形をしているが耳がうさぎのように大きく垂れている。それが腰をかがめるようにして、じっとカズを見ていた。

「おまえさん、迷ったんかい?」

そんな声がしたというんだ。地下道を通る風の音みたいな声だったとね。

カズは驚いて固まったが、それはふらりと背を向けて歩き出した。

「ついておいで」

カズはその生き物に対する怖さより心細さが勝って、あとを追った。通路はずっと長く感じられたそうだよ。

うさぎ道は村の大人たちでさえ、すべてを把握していない複雑な地下道だというから、迷い込んだら最後だと言われている。

そいつは時折立ち止まり、カズがついてきているか確かめるように顔を向けた。その顔がどんなだったか、カズは最後まで言わなかった。ただ「はっきり見えなかった」と誤魔化しているようでもあったよ。

やがてそれはぴたりと止まり、指さした先に小さな石の階段が見えた。そこは見覚えのあるうさぎ道の入口だった。カズは安堵して影に礼を言おうとしたが、もうその姿はなかった。ゆらゆら揺れていた灯りも消えていた。

家に戻ると、心配した母親と村人たちが探し回っていた。

「仲間とはぐれた」と話すと、大人たちは顔を見合わせた。というのも、その日一緒にいた仲間たちは、カズが遅れたことにすぐ気づき、すぐに通路を引き返していたんだ。だが、どれだけ探してもカズの姿はなかった。足音も反応もなかったという。

「呼んでも返事がなかった」

仲間のひとりが言った。

「まるでいなくなったみたいだった」

ところがカズ本人は、仲間の姿はおろか声すら聞いていなかった。

村の長老がひとこと言ったそうだよ。

「うさぎ道の奥で道に迷った者は、別の世界へ踏み込んでしまうことがある。だが、運が良ければ戻してくれる存在に会うと聞く」

それが何なのか長老も語らなかったが、村には古くから、うさぎ道には道案内の精が棲むという言い伝えがある。

姿ははっきりしないが、迷った子どもを地上へ帰す代わりに、名前を呼んではいけないとか、探してはいけないとか、いくつかの決まりがあるらしい。

カズはそれから名前を聞いていないし、仲間は探していたが、その存在を探していたわけではない。ただひたすら家に帰りたかっただけだ。そのおかげで、こうして無事に戻れたのかもしれないな。

ちなみに、あれ以来カズは一度もうさぎ道に入っていない。仲間たちと話しても、あの日見た生き物が本当に長老のいうような存在だったのかも分からないままだ。

ただな、カズの家の裏に古い祠があってね。その前を通るといつもかすかに風を感じるんだ。カズは時々その前で立ち止まって「ありがとう」とだけ呟く。なんとなくそうした方がいいような気がしたのだとか。

なぜなら、うさぎ道で聞こえたあの風みたいな声が、祠の前で感じる風にちょっと似ていたんだとか。

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