#518 浮かんだ数字

ちいさな物語

いや、これは本当にあった話なんだ。冗談に聞こえるかもしれないけれど、今でも思い出すと背筋が冷える。

最初にそれに気づいたのは、会社帰りのコンビニ前だった。

コンビニから出てくる人の頭の上に、数字が浮かんでいたんだよ。

薄く揺れる赤い光の「23」とか「15」とか、そんな数字がふらふら漂っていた。

もちろん最初は幻覚かと思ったさ。寝不足やストレスでおかしくなったんだと。

いや、もしかしてマンガとかで読んだことがある、寿命が見えるようになっちゃったのかも?

でもね、目の前にいた人の数字が「18」から「23」と跳ね上がったのを見たんだ。

寿命はそんなに変動しないはずだから……と、よくよくその人を観察すると、別に変なところはない。マンホールの上を歩いていただけだ。しかしそのマンホールを通り過ぎると、数値は「17」になった。

マンホールが何か関係しているのか?

次の日、反対側の歩道を歩いていた人の数字が急に「13」から「58」に上がった瞬間、頭上の工事足場から工具が落ちてきた。幸いその人に当たることはなかったが、かなり危なかった。

辺りは騒然となり、人が集まって来る。

これはもしかして――寿命じゃなくて、危険度、リスク数値だ!

さっきのタイミングだと、事件や事故が起こる少し前に数値が跳ね上がるようだ。

ハッとして頭上を見たが、自分のリスク数値は確認できなかった。

ただこの場が危険であれば、周りの人のリスク数値も上がるはずなので気づける可能性が高い。できるだけ人のいる場所を選ぶようにしよう。

それからだ。通勤中も、買い物中も、他人のリスク数値を視界の端に置いて生活をした。

電車に乗ると、混雑のたびにみんなのリスク数値が2〜3くらい上がる。
雨の日は滑りやすくなるからか2ほど上がる。

階段を駆け降りていく小学生たちのリスク数値が10も上がるのも見た。子供は転びやすいから参考にはならないが、世の親たちに見せたい気持ちになる。

そんなある日、駅のホームで親友の浩介と待ち合わせをしていた。

浩介は明るいやつで、頭の上の数字もいつも低かった。大体「8」くらいで安定している。顔色も健康そのものって感じのヤツだ。

ところがその夜、ホームに現れた浩介の数字は「14」。

いつもより少し高いな、とは思った。でもまあ、今日は雨だし、こんなものかな、くらいに考えていた。

ところが。電車が入ってくるアナウンスが聞こえた瞬間だった。

「14」→「37」→「52」→「88」

ありえない速度で跳ね上がっていく。いや、何だこれ。理解が追いつかない。こんな急上昇、見たことがない。

足が勝手に動いた。

「浩介、ちょっと来い!」

反射的に浩介の腕をつかんで、線路際から引きはがす。

周りのリスク数値は高くない。浩介だけだ。天井か? 足元か? とにかくそこにいちゃ危ないってことしかわからない。

「え、ちょ、何だよ急に!」

次の瞬間。

ドン、と鈍い音がした。

俺たちが立っていた場所に、別の男が強く押されて線路の方へ倒れ、そのまま転落した。

周りが一斉に悲鳴を上げる。

そこへ無情にも電車が滑り込んできた。耳をつんざく警笛、ブレーキ音、衝撃、悲鳴、怒号。

押したやつはそのまま人にぶつかりながら逃げていった。

俺が動くのがほんのちょっと遅かったら、突き落とされていたのは浩介だった。

震えが止まらない。俺はハッとして浩介のリスク数値を確認する。

「8」

まるで、何事もなかったかのように戻っていた。浩介自身は線路の方を見ながら呆然と立ち尽くしていて、言葉も出ないようだった。

俺は、もう知ってしまったんだ。

俺の見えているこの数字は、正確で、残酷で、そして――自分の大切な人だけを選んで救える。

俺は人だかりになっている線路を見た。遠くからサイレンの音が聞こえる。

俺が何もしなければさっき落ちた人は、今頃あの人だかりに混じって、線路を見下ろしている側だったはずだ。

次の日から、街を歩くのが怖くなった。

数字はどこでも揺れている。歩道橋の階段、横断歩道、エスカレーターの近く。人がいればどこにでも。何かが起こる前は、必ず数字が跳ね上がった。

だけど俺は、誰にでも「危ないですよ」なんて言えない。突然見知らぬ人に話しかけても、怪しまれるだけだ。

自分も危ないかもしれないから、急いでその場を離れて、後は何が起こったのかもわからない。

たまにニュースで知ることになるパターンもあるが、やはり気分は最悪だ。

人はできるだけ嫌な思いはしたくないものなんだよ。

それでも、数字が「70」をこえた人がいれば、黙っていられないこともある。これまでの経験上、「70」をこえると死ぬ可能性も出てくる。

そして、浩介は今でも普通に暮らしていた。

俺のことを「なんか最近変なやつになったな」と笑っている。だが、変なやつのままでいい。

あの夜のことは絶対に言わないと決めている。見知らぬ人が自分の身代わりになったなんて、知りたいヤツはいないだろう。少なくとも浩介みたいなお人好しには言えたものじゃない。

なあ、話は変わるけどさ、――もし、君の頭の上の数字が今「40」をこえていたら、どうする?

いや、実は冗談じゃないんだ。本当に、きみの数字が跳ねているんだよ。

「12」→「25」→「39」

さっきからずっと上がっている。ああ、ごめん、少し席を立った方がいいな。

いや、やっぱりここを出よう。この店、全体的によくなさそうだ。他の客の数値も軒並み上がってる。

何が起こるかって?さあ、俺にもわからないよ。火事か、強盗か、テロか、通り魔か――。

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