#525 回転ドアが終わらない

ちいさな物語

駅ビルの入口にある回転ドアは、ごく普通のガラス製だった。そのときも、いつもと変わらないように見えた。

それなのに――用事を済ませた私がドアへ足を踏み入れた瞬間、空気がひやりと反転したような感覚が走った。

外は寒いのかもしれないと思いながら、半周まわって出ようとした。――だが、出られなかった。

扉の向こうに見える景色は、確かに駅前広場だ。なのに足がそちらへ踏み出せない。

ガラスがないはずの場所に、見えない壁があるようだった。気恥ずかしいような気持ちのまま、もう一周してしまう。そしてまた外へ出ようとする。――が、やはり出られない。

私は眉をひそめた。

「え、え……?」

回転ドアの内側は、ごく小さなスペースだ。そのスペースを半周するだけで、反対側に出られるはずなのに、どうしても出られない。

仕方なくビルの中へ戻ろうとしても同じだった。出られない。

これ、回り続けるしかないのか?

駅ビルの中へ戻るべき場所に、やはり見えない膜が張ってあるみたいだ。

私は完全に閉じ込められていた。

いや、閉じ込められているというより、回転ドアがどこにもつながっていないという感じだ。

不安より前に、妙な好奇心が湧いてきた。これは一体どんな状況なんだろう。超常現象なのか、つまらない故障とか勘違いとか……。私は三周、四周、五周と回り続けた。

しかし、どれだけ回っても出られないし、原因もわからない。

そしてさらなる違和感が浮かび上がってきた。

周りの景色が動いていない。駅ビルはいつも多くの人が出入りする。しかし、この回転ドアに誰も入ってこないし、そもそもビルの外にも中にも人がいなかった。

ぞくりとした。

しかし足は止めることができない。回転ドアはゆるやかに動き続け、私はその流れに逆らうことができなかった。

淡々とドアの中で回っていたが、あることに気づいた。

回転ドアのちょうど反対側、それはただガラスに映っている自分なのだと思っていたが、これがどうやら違うらしい。

自分と同じ姿で同じ動きをしているが、少しだけ違う。

私は反対側の自分を見つめていたが、やがて気づいた。その姿が、少しずつ変わっていく。

髪の分け目、皮膚の色、体型、歩幅……すべてが少しずつ変化し、まったく別の何かになっていくようだった。

私はハッと息を飲んだ。

このまま一緒に回り続ければ、私はアレに何かされるのではないか。

そう考えた瞬間だった。

それがとうとうこちらを見た。やはりまだ私の顔に似ている。いや、似せていた。

「……出口、探してるの?」

それが口を動かした。

声はガラスが間に挟まっているとは思えないくらいにはっきり聞こえた。

私は震える声で言った。

「誰?」

それは微笑んだ。

「誰でもないよ。でも、誰にでもなれるよ」

それが押し出したドアの一枚が、ぎっと軽く軋んだ。

そのとき初めて、私はある事実に気づいた。

回転ドアのガラスの枚数が増えている。

はじめは三枚だったはずなのに、四枚、五枚、六枚……。

あれよあれよといううちに、十枚以上に増えていった。まるで万華鏡の中に閉じ込められたみたいだ。

それは言った。

「出口はあるよ。ただ、きみが出口だと思う場所が、まだ決まっていないだけ」

意味がわからない。

けれど、回転ドアの回転が急に速まり、私の身体は引きずられた。

影は軽やかに歩いていく。私はその背中を追う。目が回りそうだった。

次の瞬間、ガラスの一枚がふっと透明度をなくし、乳白色に濁りはじめた。

それが言った。

「さぁ、出てごらん」

そのガラス板が、まるで透明なカーテンのように揺れて開きだす。

出口……なの?

私は手を伸ばした。

冷たいはずのガラスは、なぜか摩擦も抵抗もなく、空気のように手のひらを通り抜けた。

そして私は、外へ出た。

ただし、そこはいつもの駅前ではなかった。

見慣れたベンチ、見慣れた時計台、見慣れた空。すべてが記憶どおりなのに、どこかがわずかに違う。

角度、影の濃さ、空気の温度……微妙に、だが確実に違う。

まるで「そっくりに作られた別の駅前」のようだった。

背後でドアがゆっくりと止まる音がした。振り返ると、そこにはさっきまで一緒に回転ドアの中にいた誰かだった。

その誰かは静かに手を振り、回転ドアの中へ消えていった。

私は声を出せなかった。

その瞬間、スピーカーが鳴った。

駅の放送のような声が響く。

「回転ドアをご利用のみなさま、出口は必ずしも元の場所に出るとは限りません。ご注意ください」

私はしばらくその場に立ち尽くした。そして諦めたように歩き出した。

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