#528 異世界ツアー案内人

ちいさな物語

あ、どうも。僕は異世界旅行社の添乗員をやってる者です。

正式名称は「時空観光案内人」。担当はファンタジー世界。だけどまあ、だいたいの人は「ガイドの人」といったらわかりますかね。

仕事の内容?

一言で言えば、別世界へ行きたい人たちを連れて、安全(※一応)に帰ってくること。

そのためには幅広い異世界知識が必要になるので、「公認案内人」の資格を取得しています。独占業務もあるし、わりと難易度高いんですよ。

ツアーのお客さんは好奇心旺盛なお金持ちが多いんですが、たまに「現実がつらくて」みたいな理由の人も来ています。

このタイプのお客さんはとにかく危なっかしくて仕方ないわけです。現実がつらいので、いっそ死んでもいいくらいの様子でくることもありますからね。面倒を見るこっちはもう大変なわけですよ。

――で、今日のツアーにもそんな方がいて……不安です。

参加メンバーの一人はブラック企業からようやく脱出できたサラリーマン。目が死んでいます。

「絶対に働かない」って決意表明してました。いや、異世界にだってブラック要素はかなり多いんですけどね。観光なので関係ないとは思いますが。

恋人に振られたばかりの女性会社員という方も来ました。昔の言葉でいうとOLという感じですね。

「異世界ならイケメンがいるって聞いたんで」と笑ってました。確かにイケメンは多いけど、だいたいそういうのは寿命が千年とかなんですよ。恋愛対象にしていいのか微妙なところです。

そしてこちらが問題児。「中二病の権化」と言って差し支えない男子高校生。

黒いコートに、包帯ぐるぐるの左腕。「封印された力を解き放つ時が来た」とか言ってるので、勝手なことをしそうでとても心配です。要するに僕、もうこの時点で嫌な予感しかしませんでした。

さて、目的地は定番の「ルフレア王国」。我々の世界とは平和協定を結んでいるので、比較的安全に観光できる異世界ではあるのですが、もちろん油断は禁物。

観光スポットは空に浮かぶ城、光る森、そして名物料理の「トカゲステーキ」。ツアー内容としてはごく一般的な異世界ツアーです。僕くらいになると寝ながらでも案内できます。おっと、油断は禁物でした。

転移ポータルをくぐると、案の定、全員テンションMAX。まぁ、これはどんなお客さんでもそうです。

「太陽が二つある!」

「本当に魔法の国だ……かっこいい人いるかなぁ」

「ふははは! 左腕がうずくぜ」

僕は笑顔を作りながら、全員に注意事項を伝えました。

「異世界では現地の人に必要以上に話しかけないでください。価値観が違うということを忘れないでくださいね。みなさんにお渡ししている異世界翻訳装置も完璧ではありません。むやみに会話をしようとするとトラブルが起きやすいです」

――この忠告、毎回無視されるんですけどね。

案の定、10分後。サラリーマンが市場で現地の露店に文句を言ってました。

「このスープ、ぬるいんですけど!」

露店の店主は何を言われているのかわからないというような困惑顔。もちろん僕がとりなさねばならない。

「それ、温度で栄養が変わる食材なんです。最高の状態で出してくれているんですよ」

「はぁ? スープは熱いのがベストだろうが。そんなサービス精神でやってけると思ってるのか!?」

おまけに女性会社員が、街を巡回中の若い騎士に一目惚れして逆ナンパ。

「あなたの瞳、琥珀色で素敵ね」

騎士は差別的なことを言われていると感じたらしく憤慨し、一発触発。僕が間に入って、散々に謝罪するハメに。

それでも許してもらえたのは奇跡だった。この状況、いきなり斬り捨てられても不思議ではない。なぜなら魔法のある世界の多くは「女性は守るべき存在」という価値観は存在しないからだ。

魔法は男性特有の強い筋力をはるかに上回るパワーを持つのである。「女性に手をあげない」という暗黙のルールなどない。

そして極めつけが、あの高校生。僕が騎士への謝罪で目を離していた隙に城門の前で叫んでいたんです。

「我、封印を解く者なりっ!」

これは偶然、タイミングの問題だったと思うのですが――とにかく、このとき、空が割れました。

風が逆流し、光が弾け、城の上空になにかが姿を現しました。巨大なドラゴンです。観光客たちは大歓声。僕は青ざめてました。

「ルフレア王国の守護竜……」

ドラゴンが吠え、城壁が震えた。高校生はうれしそうに笑って、僕の方を見た。

「見たか! これが選ばれし者の力!」

「危険です! 早く下って」

そのあと、全員で逃げました。あとで会社の方にクレームが来るだろうなといううんざりした気分です。

女性会社員は「かっこいい~!」とドラゴンをスマホで撮影し、サラリーマンは「もう嫌だ。早く帰りたい……」と泣きながら走り、僕はひたすらポータルの再展開を試みました。

幸い、王国の魔法使いたちがすぐに守護竜をなだめてくれて、大きな問題にはなりませんでした。そもそも僕たちごときが守護竜を呼び出すようなことができるわけもなく、本当にただただ偶然の出来事だったわけなのですが。

例のサラリーマンには「まったく、面倒なやつばかりだ」と愚痴られました。僕にしてみれば、みなさん同じなんですけどね。

ツアー終了後、サラリーマンは「ブラック企業の仕事のほうが安全だ。就職しよう」と真顔で言い、女性会社員は「あの騎士さまに連絡先を聞きたかった」と名残惜しそうにし、高校生は「また封印を解きに行く」と宣言して帰りました。

僕はすぐに報告書の作成にとりかかりました。

今回はちょっとした事件があったので、報告書も長くなります。守護竜の件は、上の方に書類を通さないといけないようですし。うちのお客さんのせいではないはずなので、異世界との軋轢とまではいかないと思いますが、ちょっと目立ちすぎたかもしれません。

――おっと、そろそろ次のツアーの時間だ。今度の目的地は、わりとシビアな異世界「暗黒王国ディグライン」。今日のお客さんも手強そうです。それではまた命がけの旅に行ってきますよ。

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