#530 機械の虫

ちいさな物語

最初に見つけたのは、庭の鉢植えの脇でした。

カナブンくらいの大きさの虫がひっくり返っていて、足をばたつかせていたんです。よくある光景だと思うでしょう?

でも、近づいた瞬間、違和感に気づきました。

足のつけ根に、小さなネジが見えたんですよ。

ネジなんて、虫にあるわけがない。そっとつまみ上げて裏返すと、腹の真ん中に細い線が一本走っていた。まるでパーツを分解できる境目みたいな。

私は、昔から虫が好きで、その異常さにすぐに気づいてしまったんです。普通はそんなにじっくりと虫を見たりしませんよね。

「これ……機械じゃないか」

もちろん全部の虫がそうじゃないことはすぐにわかります。飛んでいるアゲハや庭にいるダンゴムシは、昔から知っている本物の昆虫だった。近くでじっくり見ればわかります。

でも、最近たまにいるんです。わざとらしく平均的な虫の動きを再現しているような、妙な動きをする虫が。すごく不自然なのですぐにわかります。もちろん虫にさほど興味がない人は分からないかもしれませんが。

なんでそんな機械が混ざってるのかわかりません。誰が作ったのかも。ただ、一定数いるということだけは確かでした。

そんな話、誰にも言えるわけがありません。変な陰謀論に染まったヤツだと思われます。

そうでなくても、大人になって虫の腹をひっくり返して観察してる時点で、一般的には変人扱いされるでしょう。

だからずっと黙っていました。

ところがある日、近所の小学生が私の家の前で遊んでいたんです。その子たちは、こそこそと言っていました。

「……知ってるだろ? 虫の中に変なの混ざってるの」

「二組の斉藤も、それ言ってた。ってみんな言ってるけど、俺まだ見たことないんだよな」

私は固まりました。さすが小学生。気づいていたのです。

「その話! おじさんも混ぜてくれないかな」

私は思わず庭を飛び出しました。二人はびっくりした様子だったが、受け入れてくれました。

「おじさんも気づいたの?」

「ああ、そうなんだ。最近ちょっと増えている気がするよね。――あっ!」

私はさっと垣根に手をやった。

「おじさん、すげー」

カマキリだ。裏返すと――

「ホントだ。これ、ネジだよね。小さいけど」

虫らしく脚をバタつかせているカマキリの腹にしっかりとネジで脚が固定されていました。

「ねぇ、これも見てよ」

少年はポケットから小さなプラスチックチューブを取り出しました。中にはコオロギが入っています。いや、コオロギみたいなもの……。

私の手に渡された瞬間、腹の部分で小さな青い光が一度だけ点滅しました。

「ああ……これもそうだね」

話を聞くと、学校の帰り道で見つけたそうです。跳ね方がおかしくて、気になって追いかけたら、電池の切れかけたおもちゃみたいに動きが一定じゃなかったそうです。

「これ、誰が作ったんだろう」

「さあ……」

少年は不安そうに靴先を見つめました。

「でも、先生に言っても信じてもらえなかった。お母さんにも。それで……おじさんならわかるかなって」

その言葉になんだか、申し訳ないような気持ちになる。大人ならいろんなことがわかって、解決してくれると思っているようでした。

チューブの中の偽コオロギは、しばらくすると動きを止めました。電池が(それがあるのかわからないが)切れたようです。

そして、瓶の中で「カラ……ン」と転がった。本物のコオロギなら、こんな音はしない。乾いた金属のような音でした。

翌日、私は決意して昆虫観察用のルーペを持って外に出ました。もう見て見ぬふりをするのはやめて、この事象を解明しようと思ったのです。

しばらく歩いていると、公園の中でアリが行列を作っていました。

よく見ると、その中に一匹だけ、足の節が妙に直線的なやつがいます。触角の角度が同じまま固定されて動いているように見えました。アリはこんな動きはしません。

私はそっと近づき、地面に影を落とさないよう身をかがめました。

その瞬間、偽アリがぴたりと止まりました。こちらを見たような気がします。

そして……その偽アリはアリたちの行列から一歩横に出ました。それはあまりに不自然な動きでした。

すると少年が駆けてきた。

「おじさん! 今日もいたよ!」

彼は息を切らしながら駆け寄り、私の横でしゃがみ込みました。

偽アリは、まるで少年の声に反応したように後ずさりし、そのまま地面の割れ目にすっと入っていってしまいました。

少年は目を丸くしました。

「今のアリ、変じゃなかった?」

私は言葉に詰まりました。変でした。間違いなくそうです。でもこれが一体なんなのか、まだまったくわかっていません。

彼らはただの機械じゃないかもしれません。学習をして、人間の存在を認識しているように思えました。

その日の夕方、家に帰ると玄関の前に小さなメモが置かれていました。

「キヅイタ ヒト ニ」

震えました。

これは、小学生が書いたような不器用な字でした。さらに、メモの下にはある物体が置かれていたのです。

あの偽コオロギの、外装(?)でした。中身のない、まるで抜け殻のような金属のコオロギです。

殻の内側には、小さな金属片がふたつ。そして、黒い粒のようなものがひとつ転がっていました。センサーのようなものが付いていたように思い、コオロギを持っていたあの小学生のことが気になりました。

私は屋外で虫たちの観察はしていましたが、捕まえて家の中に保存はしていませんでした。この虫たちの目的はわかりませんが、あの小学生のことが心配になりました。

翌朝、少年の家の前に行きました。あのアリがいた公園の隣に家があると言っていたので場所は知っていたんです。しかし、少年は出て来ませんでした。

母親らしき女性が言う。

「今朝早くに出かけましたよ。最近、昆虫採集に夢中になっているみたいで」

公園に向かうと、砂場のあたりに小さな影が見えました。少年はしゃがみ込み、夢中で何かを覗き込んでいます。

近づくと、少年の前には……無数のアリ。

いや、アリではありません。

金属の光が太陽に反射し、冷たい点滅を繰り返していました。もはやアリのふりをすることすらやめたようです。

私は声をかけようとしました。しかしそれより前に少年が振り返り、静かに口を開きました。

「……おじさん。この子たち、僕に名前を教えてくれたよ」

アリたちの金属片が一斉に光りました。このときの少年の様子は明らかにおかしかったんです。よく見たら、少年の目の奥が先日のコオロギのように青く光りました。

私は一歩、後ずさりました。

「僕のこと、ナカマって」

私はただ、言葉を失って立ち尽くしていました。

本物の虫たちがうごめく中に、混ざる機械の虫。その境界線は、もうどこにも見えません。

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