世界戦争が勃発した――とニュースが流れた。
けれどキャスターは妙に穏やかで、画面の隅にはなぜかユーモラスな鳩のマスコットがぴょこぴょこと揺れていた。まるでホームビデオの紹介でもしているような画面だ。
『速報です。ついに各国が平和的戦争に突入しました』
平和的なのに戦争という矛盾した言葉が、ニュースに堂々と並んでいる。
僕はソファに座ったまま固まり、テレビを凝視した。
映ったのは国連本部――
議場では各国代表が机に何かを並べていた。
将軍は模型の軍艦を、首脳は折り紙の戦闘機を、大臣はなぜか水鉄砲を――そして司会者が宣言する。
「これより、『世界平和的戦争』を開始する!」
議場が大きな拍手に包まれる。誰も声を荒げないし、手をあげない。それでも戦争らしい。
説明によると――
各国は「平和を維持しつつ『戦争』する仕組み」を作ろうと決めたらしい。争うのではなく、どれだけ「平和的に争うか」を競う戦争だという。
そのため、武器はすべて無害でなければならない。人間に物理的ダメージを与えた場合は敗北、そして制裁される。
精神的なダメージにおいては線引きが難しいため、個々の事象に合わせて協議するらしい。要するにそういった精神攻撃もアウトということだ。
正式名称は「国際平和的戦争条約」。
各国が笑顔で署名している映像が流れた。
これはなんだろう。悪い話ではなさそうだが、不思議だ。
翌日、ニュースで第一戦争の結果が報じられた。
日本 vs カナダ
「お辞儀の角度対決」
戦場は某国の公園だった。両国の代表が並び、角度計を手にした審判が真剣な表情で立っている。お辞儀は日本の専売特許じゃないのか。楽勝だろう。
「日本、85度!」
「カナダ、驚異の87度!」
「勝者、カナダ!」
マジか。公園では拍手が起こり、両国代表は健闘をたたえ合って抱きしめあった。
別のニュースでは、イタリアとブラジルが「料理対決戦争」をしていた。
その規模たるや、世界中の食通が参加し、それでも満腹で倒れそうになっていた。
さらに「布団の柔らかさ対決戦争」「笑顔の輝度戦争」「平和的あいさつ速度戦争」と、次々と巻き起こる戦争の嵐。
戦争というより、文化交流ではないか?
しかしこの平和的戦争が進むにつれ、不思議なことが起こり始めた。
各国の軍事予算が、次々と別の分野に回り始めたのだ。イギリスは「紅茶研究部隊」を新設し、アメリカは「世界最強のハグ講師軍団」を育成し、フランスは香水を飛ばす「アロマドローン」を開発した。
それらを何に使うのかといえば、もちろん「戦争」だ。
各種戦争に備え、かつてアンダーグラウンドに潜んでいた「武器商人」たちが表に出てくると、様々な新しい戦争向けの「武器」を売り始めた。
もはや銃器やミサイル、毒ガスでは儲からない。
僕の国でも「平和戦争庁」なる省庁が新設された。
庁舎には柔らかい曲線のデザインが施され、屋上には「軍事訓練」ができる施設を備えているらしい。
さらに町中のいたるところに、「平和戦争の戦士募集」のポスターが貼られた。
《あなたの特技で戦争に勝つ! 例:盆栽、子守歌、しゃぼん玉、片手逆立ち、おにぎり握り》
戦時中って感じだな……。
僕はおにぎりくらいなら作れそうだなという軽い気持ちで、「おにぎり握り」と書いて応募してみた。
書類選考、選抜試験を通過し、僕は「国際おにぎり握り戦争」の代表候補になった。ハードルが低すぎて驚いている。
訓練場では、世界中の選手たちが真剣におにぎりを握っている。戦地へおもむく前に国際試合も頻繁に行われるのだ。
モンゴル代表は丸太のような腕で海苔を丁寧に貼り、フィンランド代表は氷を使って握る創作冷やしおにぎりを披露し、メキシコ代表は複数名でおにぎりをジャグリングしながら、リズムを刻んで踊っている。
僕は米を研ぎながら、とてもじゃないが戦争中とは思えない光景に息をのんだ。
そして、戦地へ向かう日がきた。
戦場はなぜか巨大スタジアムで、戦争を見届ける人々が観覧席から「おにぎり! おにぎり!」と叫んでいる。
僕の手は緊張で震えたが、白米をそっと手に取り、心の中でつぶやいた。
「この戦争に勝って、幼なじみにプロポーズする!」
レフェリーが笛を吹き戦闘が開始された。
僕は手早く三角形を作った。伝統的な塩むすびが、究極のおにぎりだ。
フランス代表は芸術的に曲線を描くおにぎりを握った。芸術点が高い。
中国代表は旨辛テイストなおにぎりを握っている。しかも焼きおにぎり……普通にめちゃくちゃおいしそうだった。
インド代表はスパイスをふんだんに投入して、なんとなく三角形に見えなくもないほぼカレーのようなものを生み出していた。
そして――戦勝国は、ニュージーランド。理由は「なんとなく美しかった」、「大自然を感じた」と、このいい加減さが、もう平和そのものだ。
大会後、僕は代表たちと抱き合い、おにぎりを交換し合い、食べた。
そして今日も世界は、平和的戦争を続けている。
最新のニュースが流れた。
『次回の世界大戦は“あくびのかわいさ”が争われ、戦地はオーストリア北部の――』



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