#533 サンドイッチの具材

ちいさな物語

僕はサンドイッチを作ろうとしていた。

パンはふわふわ。レタスはしゃきしゃき。あとは何をはさむか決めるだけだ。

たったそれだけ。

なのに僕は、異様なほど迷っていた。

ハムか。チーズか。卵か。いや、ここは豪華に全部か?

しかし全部はさむとはさむというより押し込むに近い。それはそれで違う気がする。

僕はパンを見つめた。

その瞬間、パンが喋った。

「選ぶべし」

「……え?」

パンに口はないはずだが、確かにパンから声がした。

「そして私は相応しい具を望んでいる。あなたが何をはさむかで、世界は変わるのです」

僕のサンドイッチにそんな重大な責任が?

困惑していると、今度はハムが語り出した。

「私を選べ。君の人生はすこし塩辛くなるだろう」

次にチーズ。

「私なら、毎日がもっとまろやかになる」

卵。

「私は変幻自在な結末を約束しよう」

具材が三者三様に語り始めて混乱した。

「やめろよ……余計に迷うだろ……」

僕はそっと目を閉じ、深呼吸し、適当に手を伸ばしてつかんだ具材をパンに乗せた。

そして目を開ける。

「……ハム、か」

しかし、その瞬間。

空気がひきつれ、音が歪み、いつのまにか景色が変わっていた。公園にいて、鳩が逆再生のような動きをしている。僕のサンドイッチから光が立ち上り、世界がゆらりと揺れた。

気づくと、今度は見知らぬ部屋にいた。

壁一面がパンでできている。床もパン。天井もパン。

足元がやわらかい。足が沈む。歩きづらい。

「ようこそ、サンドイッチの間へ」

パンの天井から声が降ってきた。

「あなたはサンドイッチの核心への扉を開いたのです」

すごく難しいことを言われている。

「ハムを選んだあなたには、塩味の未来が与えられるでしょう」

難しいのか単純なのかわからなくなってくる。

部屋の中央に、巨大なハムが浮かび上がった。薄ピンク色に光っていて、神々しいのに美味しそう。今度はハムがしゃべった。

「聞きたいことはなんですか?」

いきなり質問を受け付ける感じですか。確かに疑問を抱く点は大量にある。僕は震える声で言った。

「とりあえず、どうすれば元の世界に戻れますか?」

ハムは静かに回転しながら言った。

「次の具を選べばよい」

ほっとした。そういう仕組みなのか。次の具材を選べば、次の具材の世界に……ってあれ? それって、元の世界には戻れるの?

しかしその瞬間、チーズの壁がせり上がり、卵の床が盛り上がり、部屋は一転して巨大なサンドイッチ圧縮機のようになった。

「具はあなた自身が決めなければならない選択を放棄すれば、あなたは具材のひとつとして組み込まれるでしょう」

「決断しないとサンドイッチの具にされる!?」

嫌すぎる。僕は慌てて具材リストを見た。選択によって、どんな奇妙な世界に飛ばされるかわからないぞ。

ハム
チーズ

レタス
トマト

謎の「???」と書かれた欄があった。なんだその不穏な枠は。シークレットか?

「早く決めなければ」

天井からパンの声が降ってきた。

「あなたははさむ者なのか、はさまれる者なのか」

変なことを言われている。

僕は深呼吸し――

卵を選んだ。

すると、部屋の光景が溶けるように消え、気づくと僕は元のキッチンに立っていた。時計を見ると、サンドイッチを作りはじめてから、まだ5分しか経っていない。

サンドイッチは、何事もなかったかのようにパンの間に卵を静かに抱いている。

「卵? ハムはどうなったんだ? キャンセルされた……いや、それよりも元の世界に戻れたのか」

ほっと息をつき、作ったサンドイッチをナフキンに包んだ。そもそもちょっと外の空気を吸いながらランチを食べようと思って作り始めたのだった。

歩いていると、見覚えのある公園にたどり着く。あの、ハムを選んだ瞬間に移動してしまった公園に間違いない。

僕がベンチに腰掛けると、隣のベンチにいた老人が声をかけてきた。

「お兄さん、……卵を選んだんだねえ」

「え、はい。……なぜ、それを?」

「わしも昔、卵を選んだよ。卵は変化の象徴だ。ゆで卵、卵焼き、スクランブルエッグ……要するに、世界は激動の時代を迎えた」

老人は少し悲しそうに目を伏せた。サンドイッチの具材を選んだことで世界が変わったとでもいうのだろうか。僕はじっと自分のサンドイッチを見た。

「ところで、君はもう見たかな?」

「何をです?」

「世界を。世界はね、層になってるんだよ。サンドイッチと同じさ。ハムの世界もチーズの世界もすぐ隣にある。具材を選んだつもりで実は自分の世界を選んだんだ」

僕は手の中の卵サンドを見つめた。

たった一度のサンドイッチの具の選択が、自分の世界を変えるなんて誰が信じられるだろう。

老人は去り際にこう言った。

「機会があったら、次は何をはさむかね」

不思議な余韻だけを残して、老人はいつのまにか消えていた。

僕は卵サンドをかじった。

味は……普通だった。たぶん、いろいろと気のせいだったんだろう。

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