あれは確か、夜風がやけに冷たく感じられる晩だった。
仕事帰り、私は河川敷に腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げていた。
特別な理由はない。
ただ、星を見ていると、今日一日の出来事がすべて収まっていくような感じがして落ちつくからだ。
そのときだった。空の一角が、不自然に白く光った。流れ星かな。なんかこちらに近づいてきているような気がする。
次の瞬間、耳をつんざくような衝撃音が響いた。
地面が揺れ、思わず両手をつく。
「嘘だろ……」
視線の先、私から十メートルほど離れた土手に、黒い塊が突き刺さっていた。
煙が立ちのぼり、焦げた匂いが鼻を刺す。
恐る恐る近づいた私は、拍子抜けした。想像していたより、ずっと小さい。大きさは、せいぜいスイカほどだ。大きな岩でも落ちてきたのかと思うほどの衝撃だった。
私は呟いた。
「隕石……だよな?」
返事があるはずもない。
だが、次の瞬間、その物体が、ぴしりと音を立てた。表面に亀裂が走り、赤く熱を帯びた内部が露わになる。
中から、どろりとしたものが溢れ出した。
粘性のある、鈍く光を反射する黒い物質。地面に流れ落ちると、まるで生き物のように脈打った。
私は後ずさる。
「なんだ、これ……」
どろどろの塊が、ゆっくりと形を変え始めた。盛り上がり、伸び、こちらに向かって突起を作る。なぜか、見られている、という感覚があった。
目はない。顔もない。それでも、確かに視線を感じる。
次の瞬間、それは人間の輪郭をなぞるように形を整えた。
腕。胴体。頭。
私と同じ、直立する姿。
「待て待て待て」
声が震えた。
「落ち着け、俺」
だが、落ち着ける要素が一つもない。
それは一歩、こちらに近づいた。ぬちゃりと湿った音がする。そして、口にあたる部分がパックリと割れた。
「驚かせてしまいましたか」
はっきりとした日本語だった。私は叫びそうになるのを必死でこらえた。
「……しゃ、喋った?」
「はい。あなたの発声を参考にしました」
落ち着いた声で発音も不自然ではない。
「あなたが最初に発した言語が、会話に適切だと判断しました」
頭が追いつかない。
「じゃあ、その姿も……」
「はい。あなたを模倣しています」
やはり、そういうことか。これは、地球外生命体。見たものを真似る存在。映画や小説で聞いたことがある設定が頭をよぎる。
そして映画や小説と同じ事態を危惧する私は最も聞くべき質問を口にした。
「……地球を、侵略しに来たんですか」
沈黙が落ちた。夜風が、妙に大きく聞こえる。
それは少し首を傾げた。
「侵略、という概念は理解しました」
「ですが、目的は異なります」
「私たちは、定住も支配も望みません」
「では、何をしに?」
喉が渇いていた。
「確認です」
「この星に娯楽として滞在する価値があるかどうか。その判断材料として、最初に接触した個体と会話を行います」
私は乾いた笑いを漏らした。
「娯楽……要するに旅行? それで、結果は?」
それは、私をじっと見た。
視線の感覚が、強まる。
「あなたは、恐怖を感じながらも、逃げていません。敵意も感じられません。好奇心と理性の比率も逸脱は見られません。会話も成立しています」
一拍置いて、それは言った。
「この星は悪くない」
そして、その身体が崩れ始めた。再び、どろどろの塊に戻っていく。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は思わず叫んだ。
「それだけ? それだけを確認に来たのか?」
塊はかすかに振動した。
「はい。それだけ確認に来ました」
次の瞬間、塊は地面に染み込むように消えた。
残されたのは、冷え切った隕石の殻だけだった。
その後、それが地球に滞在しているのかどうかはわからない。
敵意をむき出しにしているわけでも、親しみを示しているわけでもない地球外生命体……。
よく考えたら人間同士でも、そういうどっちでもない関係性の方が多い。宇宙人と聞いたら侵略してくるイメージだけど、案外こういうパターンも多いのか?
そして、あれから何年も経つ。
空を見上げるたび、私は思う。もしまたアレが落ちてきたら。次は、誰が最初に会話をするのだろうか。
そして、その評価は、地球全体にとって、どんな意味を持つのだろうか。


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