魔女なんて、科学技術が発展したこの現代にいるわけないだろ。
仕事帰りに立ち寄ったカフェで、俺がそう言うと、彼女はスマホを触りながら小さく笑った。
「魔女だって現代は電子機器を使いこなすわ」
彼女は顔も上げず、スマートフォンの画面を指でなぞりながら続けた。
「魔法っていうのはね、世界の流れをほんの少し操る技術のことなの。昔は薬草の調合や星の配置、今はデータとアルゴリズム」
「またまた」と、俺は笑ってコーヒーを飲んだ。
彼女は俺の幼なじみで、IT業界でフリーランスとして活躍している。子供の頃から自分は魔女だと言い張っている変わり者だ。小学校低学年くらいまでなら、そういうこともあるかもしれないが、彼女は大人になってもずっと変わらない。だから友達も少ない。ずっと仲良くしているのは俺くらいだろう。
「子供の頃からそんな態度だよね。他の人よりはずっとマシだけど。私としても、今までのお礼というか、君に魔女の友達でいるメリットを享受してもらいたいんだよね。ちょっと私を信じてみない? 魔女を信じる者にしか魔法は効かないからね」
いつになく真剣な表情でこちらを見ている。
「な、なんだよ。急に。じゃあ、信じるから仕事で成功させてよ」
俺も「超常現象なんて何一つ信じない」という堅物じゃない。世の中には説明のつかない不思議なことがたくさんあることくらい知っている。
「案外つまんないこと言うのね。本当に私のこと、信じてる? まぁ、そのうちわかるか……」
翌日、奇妙なことが起きた。長年どう練り直しても通らなかった企画が、突然承認された。
それがきっかけなのか、上司の態度も柔らかくなり、取引先からは好条件の連絡が入った。表現がおかしいかもしれないが、ドミノ倒しのように人生が好転していく感じがした。
まさかこれが魔法? いやいや、偶然か?
だが翌日、彼女からメッセージが来た。
「流れ、ちょっと良くなったんじゃない?」
やはり彼女が何かしたのだ。慌てて電話すると、彼女はうれしそうに電話に出た。
「本当に私を信じてくれたんだね。昨日、あなたの仕事に関係ある世の中の数字をほんの少しだけ触ったの。ほんの一押しね。バタフライエフェクトって言葉、知ってるでしょ?」
「数字? それってハッキング……違法じゃないのか?」
「魔女に法律を説く? それにハッキングじゃなくて、れっきとした魔法よ」
「なかなか都合のいいこと言うんだな」
俺は正直、自分が彼女をどこまで信じているのかよくわからなかった。しかし魔法が効いたといわれなければ説明がつかないくらいの幸運が続いている。
それに彼女が「魔法」だという事象の説明は妙に具体的で、現実的だった。
株価が動く前兆、誰かが炎上する話題の芽、失脚する政治家の動き。彼女はそれらを、天気予報のように語った。
「世の中は全部繋がってるの。どこをどう触れば何が起こるのか、見極めるのが魔女の力よ。星を見るのと同じ……ううん、今はこれがあるから、星を見るよりも簡単」
スマートフォンを掲げて、軽やかに笑う。
それから俺は、何度か彼女に助けられた。
失敗しそうな商談、厄介な人間関係、微妙な選択。魔女の友達のメリットは確かに存在した。
彼女は決して直接は手を出さない。スマートフォンの画面を長い指でなぞるだけ。
それから「叶うからしばらく待ちなさい」とか、「それは諦めなさい」とか、助言するだけだ。本当に何かが見えているようにきっぱりと言う。魔法の力が及ばないところについてははっきりと諦めるように言ってくれるので方向転換も早くでき、結果うまくいくことが多かった。
ある日、俺は聞いた。
「そんな力があるなら、もっと派手に稼げるだろ」
彼女は少しだけ黙り、やがて言った。
「魔法はね、そういう使い方はできないの」
残念がっているというより、「物は上から下へ落ちるの」というようなごく当たり前のことを諭すような口調だった。きっと俺の知らない力の使い方のルールがあるのだろう。それにしては俺だけ破格な幸運をもらっているようで、少し不安になる。
そんなわけで、すっかり彼女に頼りきりになっていた。しかしそんな中、彼女は突然姿を消してしまったのだ。
連絡は取れず、SNSも消えている。ただ最後に妙なメッセージが送られていた。
「流れが変わるから、しばらく星を見に行きます」
それから本当に世の中は、大きく揺れた。
未知の病気が流行り、暴落が起き、次々と企業が倒れ、戦争が始まり、人々の価値観が目まぐるしく変わる。
混乱の中で、俺は思い出す。
スマホを触りながら笑っていた彼女の横顔を。
魔女たちは今どこにいるのだろう。もはやスマートフォンでは足りなくて、いにしえの時代のように星を見て世界を整えようとしているのか。
ただ、混乱のどん底のようだった世界が、少しずつ均されていくのを感じるたび、俺は考えてしまう。
さまざまな時代の裏側には、その時代に即した形で魔女たちが存在したのだ。
そして、それを信じた彼女たちの友達は、ほんのちょっとだけ得をしていたのかもしれない。



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