#550 知育菓子への耐性

ちいさな物語

最初に違和感を覚えたのは、知育菓子なのに硬すぎたことだった。

説明書には「やさしく噛みましょう」と書いてあるのに、歯が折れそうなほど硬い素材だ。

それでも俺は説明書通り、真剣に菓子を作成した。

完成したそれは、どう見ても食べ物ではなく、さるぐつわだった。

色はパステル、香りはぶどう。

「これは……口に入れていいものなのか?」

疑問に思った瞬間、背後から声がした。

「知育ですから」

振り返ると、知らないおじさんが立っていた。

スーツ姿で、なぜか裸足だった。

「教育とは、拘束から始まるんですよ」

そう言って、彼はさるぐつわを俺の口に押し込んだ。

甘い。ぶどう味だ。

声は出ないが、思考は妙に冴えていく。これが知育菓子の力!

「さあ、散歩です」

おじさんは俺の手を引き、外へ出た。

なぜか抵抗する気は起きなかった。

散歩という言葉には、逆らえない力がある。前世は犬だったかもしれない。

外に出ると、歩道がなかった。代わりに、ハイウェイがあった。

片側六車線。広い。しかし車は一台も走っていない。

「歩行者が入っていいんですか?」と、俺は聞こうとしたが、さるぐつわのせいで「んぐ」としか言えない。

「今日はくるぶしの日ですから、入ってもいいんです」

声が出ていないのに伝わっている。しかし返答の意味は分からない。

ハイウェイのアスファルトは、やけに柔らかかった。歩いていると足が疲れる。

「いいくるぶしですね」

おじさんが褒めてきた。なぜくるぶしを褒められているのかわからない。

さらに歩いていると、前方に集団が現れた。

全員、知育菓子を持っている。そして全員、口に自分と同じさるぐつわをしていた。そして全員、クロップドパンツをはき、くるぶしをしっかりと見せている。

「くるぶし高速散歩協会です」

誰かが誇らしげに言った。さるぐつわをしているのに、はっきりとしゃべっている。

「え? 何の協会ですか」と、俺は聞こうとしたが、さるぐつわのせいで「んぐ」としか言えない。

「くるぶしを鍛えて、散歩の効率化を目指しています」

やはりこちらの言いたいことが伝わっている。

突然、ハイウェイの上に青い看板が現れた。

【この先、知育】

意味は分からないが、全員が看板を指してうなずきあっている。

その瞬間、ハイウェイが加速した。いや、俺たちが加速しているのだ。みんな走っていた。景色がどんどん流れていく。俺も気づかないうちに走っている。くるぶしが熱を持ち、火花が散る。

「散歩、散歩」

誰かがリズムを取り始めた。

「散歩、散歩、ハイウェイ散歩」

リズミカルな掛け声になぜかテンションがあがってくる。

頭の中で、知育菓子の説明書が再生される。

【想像力を育てましょう】

【自由な発想で遊びましょう】

くるぶしが熱い。

やがて、前方に料金所が見えた。係員は全員のくるぶしにバーコードリーダーをかざし、「ピッ」と音をさせている。

「通行料は?」

「知育菓子一つにつき、散歩一回無料です」

知育菓子を購入した時点で支払いは完了しているらしい。

俺たちはそのまま通過した。料金所を越えた瞬間、さるぐつわが外れた。

「これ、一体何だったんですか」

俺が叫ぶと、おじさんは満足そうにうなずいた。

「学習です」

「何の?」

「意味のなさへの耐性」

その瞬間、すべてが消えた。ハイウェイも、散歩も、協会の人々もみんな消えた。

俺は自宅のキッチンに立っている。手元には知育菓子の入っていた空箱。説明書の最後の一文が目に入る。

【耐えられない場合があります。お近くの医療機関にご相談ください】

くるぶしが、まだ少し熱かった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました