うちの骨董品屋には、返品帳という帳簿がある。
売上帳の横に並べて置いてあるが、客に見せられるようなものではない。理由は単純で、あまりにみっともないからだ。
骨董品屋をやっていると、どうしても一定数、戻ってくる品がある。割れたわけでも、欠けたわけでもない。説明と違った、というわけでもない。
ある日突然、返品させてほしいと客がやってくる。そして返品する客は決まってこちらと目を合わせない。おびえていたり、困惑していたり、憔悴していたり、表情は様々だ。
返品帳の最初のページは、明治の小さな硯だ。購入したのは、几帳面そうな会社員だった。
三日後、彼は購入した硯を無言でこちらに差し出した。私が不思議そうな顔をすると、あまり言いたくないとでもいうように重い口を開く。
「あの、ちょっと気味が悪いので……申し訳ないが、返品させてほしい」
何があったのか聞いてみたが、なかなか答えてくれない。引き続き売り物にしていいか判断ができないから、教えてほしいと強く言うと――
「夜中に、墨をする音がするんです」
そう言って、それ以上は何も話さなかった。そういった非科学的なことを否定したい自分と、実際に怪異に遭ってしまった自分との折り合いがつかないといった様子だ。話してしまえば、認めたことになると思っているのだろう。
硯は、店に戻ったが特に何も起こらなかった。墨をする音なんてしない。ただ、硯のあるところに変な気配のようなものを感じる瞬間があった。しかし、気のせいだといわれればそうだと思える程度のことだった。
次は古い手鏡。大正時代のものだ。
買った女性は、返品のとき引き攣ったように笑っていた。
「鏡が、先に瞬きするんです」
精一杯、冗談めかしていたが、指先はぶるぶると震えていた。これも店に戻ってきたが、やはり鏡はただの鏡だった。何度か試してみたが、映ったものが先に動くようなことはない。
だが、朝の開店前に見ると、鏡にかけておいた布がずれていることがある。もちろん触った覚えはない。
昭和初期の振り子時計も戻ってきた。時間が極端に狂うわけではない。古いものなのでそれはいろいろと不都合もある。しかし、それも含めての骨董だ。
ただ、購入者の話では「たまに変な音がする」らしい。
「まるで過去の何かを知らせるような……」
彼は困った顔をした。言いたいことをどう表現したら伝わるのか、彼自身も困惑しているような表情だ。
もちろんその時計も店では、律儀に時を刻んでいるし、変な音もしない。
だが、夜中に店番をしていると、時報の音の数がおかしいようなことがある。これも数え間違いや気のせいと捉えられる範囲で、わざわざ検証まではしていない。
返品帳は、そういう話で埋まっていく。
急須、櫛、火鉢、文鎮。
どれも、店にあるうちは大人しい。何の異常もない。しかし客の手にわたり、人間の生活に紛れ込んだときだけ、何かを思い出すように、異変を起こす――らしい。
ある日、若い古物商がその返品帳を見せてほしいと言った。
馴染みの古物商で、うちでおもしろいものを見つけると「仕入れ」と言って買っていってくれる。逆に「店に置いてくれ」と売りつけられることもあるのだが、そこまで汚い商売をする人ではない。返品帳を見たがったのはただの好奇心だろう。
「こんなにたくさん? 要するに『いわく付き』ってやつですか」
私は首を振った。
「いわく、ってほど派手じゃないですよ。物音がするような気がするとか、その程度で。前の持ち主に何かあったとか、そういう話もないんです」
祟りもない。不幸も起きない。ただ、少しだけ生活の輪郭があいまいになる。気になって眠れなくなるとか。そこにあるだけで考え事が増えるとか。急に忘れていたことを思い出すとか。返品された品は、店の中では決して悪さをしない。
「ははあ。それはこの店の――いや、あなたのせいではないですか」
古物商は笑いながら言った。
「それは、どういうことでしょう」
「要するにそいつらはここにいたいわけですよ。骨董品はそういうところがかわいいですよね」
骨董品が何か不思議な事象を起こすことは、ありそうなことだと捉えていたが、「ここにいたい」など、意思を示すようなことはさすがにないだろうと思った。
しかし古物商は「そいつらは何度でも戻って来ますよ」と、冗談でもなさそうな表情で言った。
以降も返品帳は頁を重ねていく。いずれこの店は何も売れなくなるんじゃないだろうか。
分厚くなった返品帳を繰りながら深くため息をついた。



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