#581 黄金の圧迫面接

ちいさな物語

いや、マジで今の時代、人間がペットを選べるなんて思ってる奴は化石ですよ。情報弱者もいいところだ、って言いたくなりますね。

動物愛護の法律が一段と厳しくなり、ブリーダーには国家資格が必要になりました。

そのうえ、難易度の高いブリーダー試験に合格したとしても、いくらでも繁殖・販売可能というわけではありません。販売個体数は厳しく管理され、違反者は厳罰に処されます。

さらに例の「バベル・カラー」っていう動物言語翻訳機が実用化されてから、この世界のパワーバランスは完全に崩壊したんです。

ペットショップ?

いえいえ、今やあそこは動物たちの御殿であり、面接のための応接室でもあるんですよ。

選ぶのは彼らで、選ばれるのは我々二本足の方なんです。

僕は今日、この日のために完璧な対策を練ってきました。ショップの窓から垣間見た黄金の毛並みを持つ美しい獣との同居を夢見て――

有名大学卒、年収800万、都内マンション所有(ペット可・動物病院徒歩圏内)、非喫煙者、週3〜4日はテレワーク可。さらに、学生時代はテニスをやっていたので、朝晩の散歩をこなす体力は十分です。

このハイスペックな僕を拒むペットなんて、地球上に存在するはずがない。

そう確信して、日本最大級のショップ「テイル&ジャッジメント」の門を叩いたわけです。

待合室には、不合格を言い渡されて号泣しながら崩れ落ちるおじさんがいました。

「ハムスターに……貯金残高の少なさを……鼻で笑われた……」と呻いていましたね。

ハムスターといえども、お金がなければろくに病院にも連れて行ってもらえないのではないか、と不安になるのは当たり前だ。弱者すぎて草も生えませんよ。

そのそばには、ウサギに「何か知らんけどヤダ」と言われて茫然としている若者もいました。雑魚すぎます。

僕の番が来て、個室に通されると、そこには一匹のゴールデンレトリバーが座っていました。

それは、僕が面接を申し込んだお目当ての美しい犬でした。

彼は翻訳機越しに、低く威厳のある声でこう言いました。

「……ほう、履歴書だけは立派なのが来たようだ。まぁ、座りたまえ」

いきなりの圧迫面接ですよ。これ、パワーハラスメントとかにならないんですか?

僕は精一杯の営業スマイルで、「本日はお忙しい中、面接の機会をいただき光栄です」と頭を下げました。

すると、彼は僕の顔をじろじろと眺めてから、フンと鼻を鳴らしたんです。

「コンビニのチキンを食べただろう? 衣の油の匂いが染み付いている。自己管理能力を疑わざるを得ない。履歴書には自炊していると書いてあるが……」

いや、嗅覚が鋭すぎるだろ!というツッコミを必死で飲み込みました。犬なんだから当たり前です。

「申し訳ありません。今日は少し時間に余裕がなかったものですから。以後、食生活には細心の注意を払います」

「うむ。飼い主に病気で倒れられては、飼われている方は迷惑をこうむる」

彼はぐっと顔を険しくした。それから気を取り直したかのように、鼻先で履歴書をめくる。

「ふむ。――では、具体的なプランをうかがおうか。私は1日3度の散歩と、肉食中心の手料理、そして何より『独創的なユーモア』を求めている。日常が楽しくないのは健康によくないからな」

想定では散歩は1日2回だったが、3回でもまぁ、いけなくはない。

そこで僕は用意していたジョークを披露しました。

「ユーモアっていいますと、猫が寝転んだ、とかですかね」

静寂。

部屋を支配したのは、北極圏の冬のような冷ややかな空気でした。

彼はゆっくりと前足でバツ印のボタンを押しました。

ブッブーという間抜けな音が響き、ショップのスタッフが応接室に入ってきた。

「……却下だ。お前のユーモアセンスは、ドッグフードの成分表を読み上げるよりも退屈だ。そもそも、その『猫が寝転んだ』というフレーズは我々イヌ科に対するリスペクトが微塵も感じられない。多様性への理解が欠如しているな」

ポリコレカードを犬に切られるとは思いませんでしたよ。

僕は食い下がりました。

「待ってください! 僕には経済力があります! あなたに一生、十分な食事とおやつを約束します!」

すると、さっきまで床で眠っていた三毛猫が、翻訳機を通して割り込んできました。

「経済力? それ、人間基準の話でしょ。あたしが求めてるのは、こちらの気まぐれに24時間対応できる人間だわよ。でも、ユーモアを求められて、アレじゃあねぇ。フフッ」

猫様からも容赦ないダメ出し。猫様に面接は求めていないが。

寝ている猫を起こして別室に移動させるのは、法律に反する恐れがあるのでここにいるのだろう。

「帰れ。お前には、私を飼う資格はない。『健康』と『笑い』は必須条件だ」

翻訳機を通してなお、その強い口調にショップのスタッフもおろおろしていた。

店を出る前、スタッフはこう言いました。

「あの子、まだ1歳の子供なんです。前の飼い主さんを病気で亡くして、あんな風に――お気を悪くされないでください」

いたたまれなくなって、店を飛び出した僕の頬を伝うものがありました。

雨ではありません。

三十年生きてきて、これほど惨めな敗北感は初めてです。これはリサーチ不足というやつです。

もう二度と飼い主を失いたくないと思っている彼に、いくら経済力を振りかざしても、響くわけがありません。

「……次は、もっと面白いギャグを仕込んでくる」

僕はそう呟きながら、帰路につきました。完全に準備不足のプレゼンだったと認めざるを得ません。

面接を受け付けている犬は他にもいます。だから、本当はあの犬じゃなくてもいいはずなんです。僕の経済力を必要としてくれるような子だっているでしょう。

でも僕は、あの黄金のすばらしい毛並みを持った彼の飼い主になりたい。

さて、これから『犬にウケるギャグ百選』でも買いに本屋へ行きますよ。

ウケるまで、何度でも挑戦します。

皆さんも、ペットショップへ行くときは、十分な対策と「折れない心」を持っていくことをおすすめしますよ。

グッドラック!

コメント

タイトルとURLをコピーしました