念願の就職先が決まった。あこがれだったIT企業。だが、初日から違和感だらけだった。
朝の朝礼では、全員が大きな声で「ビジネス! 宇宙! 発展!」と叫ぶ。何かの冗談かと思ったが、誰も笑わない。
会議室のホワイトボードには見慣れぬ記号と数字の羅列。
「おい、ちゃんと地球の日本語で書けよ」「あ、そっか」と謎の会話をしている。それでもボードには「ΔKZ-3-地球支店」「案件αα−納期要注意」といった謎めいた文字が並んでいる。
社員同士の会話も、なんとなくおかしい。
「君、地球時間に慣れた?」
「地球の食べ物ってやっぱ味が変だよな」
出社二日目、昼休みに社食の豚の生姜焼き定食を前に先輩がため息をついた。
「地球産タンパク質はクオリティ低いよなあ。前の星系の方がよかった」
何気なく周囲を見渡すと、他の社員も当たり前のように「地球」を第三者的に話題にしている。
もしかしてこれは――自分以外は宇宙人?
なぜ自分は採用されてしまったのか。なんの説明もなかったが……。これは、いろんな意味で逃げた方がいいのか。宇宙人ごっこをしている連中だったとしても、本当に宇宙人だったとしても、自分にとっていいことはなさそうだ。
煩悶としながら迎えた初めての社内会議。議題は「今期のテレポート売上目標」だった。テレポート? できるのか??
資料には「ワームホール通過回数とその費用」「地球用パスワード管理」「タキオン(地球名)在庫管理」など、聞いたこともない項目ばかり。
「えっと……普通のIT企業の会議ってこんなだっけ……?」
声には出せず、ただ苦笑いで誤魔化した。
午後の打ち合わせでは、プロジェクトリーダーが言う。
「今度のアップデートで火星対応も始めるから、各自、システムの火星語対応をよろしくね」
「は、はい……」
先輩は「いや、俺、火星語ちょっと苦手なんですよ」と愚痴をこぼす。
その一方で「アルタイル支店と進捗共有よろしく」と、オンライン会議に繋ぎ、画面には三つ目の青い生き物が映し出される。それに「地球人っぽいアバターに変えてくれません?」と、文句をつける。
その日の帰り、先輩に声をかけてみた。
「ここの社員って……みんな、地球出身じゃないんですか?」
先輩は微笑んだ。
「そうだよ。俺もシリウス星系。ほら、見てごらん」
彼は袖をめくり、肘から先が青白く光る皮膚を見せてくる。
「この会社、そもそも地球調査のために設立されたんだ。普通の地球人の動きをする君みたいな新入社員はとても貴重だよ」
頭が混乱するが、とにかく「地球流」を学びに来ている宇宙人たちに囲まれて働くことが、この会社の日常らしい。
業務内容も相当ブラックだ。
残業は地球と同じように計算されない。突然基準となる星の時間が変更になるので、残業時間はつかないものと思っていたほうがいい。
それに、これは地球人の自分にとってだけだと思うが、とにかく常識が通じない。
「この納期、地球時間で換算するとどれくらい?」
「だいたい地球の一週間。アルタイルでは半日だよ」
時間感覚の違いに、頭が追いつかない。地球人の自分がここでどうやって生き残れるのか、不安がつのる。
だが、ある日、ふと気づいた。
確か先輩は、地球調査のためにここに支店を設立し、平均的で凡庸な地球人である自分が採用されたというようなことを言っていた。それであれば、彼らは「地球流」を知りたいはずだ。
「せっかくなので他の星との取引きに並行して、地球人と取引きしましょう。いい研究材料になりますよ」
上司に掛け合って、まず地球のIT企業、アウトソーシング企業等とつながりを持った。そうなると、地球人の自分の独擅場だ。
「地球ではこんなのは通用しませんよ」
「それはお中元といって、地球の日本特有の文化です。最近ではめずらしい方ですが、一応、御礼状を出した方がいいですね」
「B社とのやり取りが増えてきたので、もう少し地球人の雇用を増やした方がいいかもしれません」
地球企業との窓口として地位を確立していくことに成功した。
「ねえ、地球で『お疲れ様です』ってどういう意味?」
「地球流の働き方改革って、具体的には?」
いつしか、僕は「地球文化アドバイザー」としても頼られるようになった。
「地球日本式のおにぎりの作り方」「日本のブラック企業ジョーク」まで、何でも講座をやらされる羽目になるが、社員たちは興味津々だ。
「これぞ、地球式『やりがい搾取』だ!」といった冗談で大盛り上がり。
毎日が混沌としているけれど、悪くない。
宇宙人だらけのブラック企業で、僕は今日も「地球人代表」として、変なやりがいと一抹の誇りを抱えて働き続けている。
何しろグローバルな活躍どころか、コズミックな活躍をしているわけで、そんな地球人は他にほとんどいないだろう。
いつかこの会社が「宇宙一のホワイト企業」になる日を、ほんの少しだけ期待しながら。
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