王の奇妙な遊びが始まったのは、彼が即位して間もない頃だった。ある日突然、「民の暮らしを学ぶ」と言って城を出て行き、ボロボロの服をまとい市井を歩き回るようになった。家臣たちは「気分転換でしょう」と笑っていたが、王は次第にその遊びに没頭していった。
市場で野菜を運ぶ荷車を引いたり、宿屋で皿洗いをしたり、さらには路上で演奏をして金を稼ぐこともあったという。もちろん誰も彼が王であるとは気づかない。王は民の一人として溶け込み、楽しそうに生き生きとした表情を見せるのだ。
そんなある日、私は城に仕える侍従として、王のお供を命じられた。変装をし、彼の隣で貧乏人のふりをするのだ。市場で彼が交渉する様子や、夜の宿屋で彼が疲れた体を休める姿を見るたび、私は王としての威厳とのギャップに困惑した。
だが、次第に気づいたのだ。この「遊び」は単なる気まぐれではないと。王が見ているのは、民の本当の暮らし。貧困や不満、喜びやささやかな希望。それらを彼自身の目で確かめ、感じるためだったのだ。
ある夜、王が静かに言った。「私が王でいられるのは、ここの民が生きているからだ。この遊びが私に大いなる責任をつきつける」
その遊びのおかげか、王の政治手腕は見事なものだった。貧乏人の救済と教育に税を使い、市場を整え、物資の流通を活発化させ、治水にも抜かりなく対策し災害も減った。民は戦争や飢え災害などの悲劇を忘れ、平和であることが当たり前の生活をおくれるようになる。このような民のための治世が長く続き、よき王との評判は他国まで知れ渡った。
しかし晩年、王はあっさりと殺害されてしまう。いつものように「遊び」に出かけ事件に巻き込まれたのだ。
王を殺したのは若い男だった。戦争どころかほとんど争いすらないこの国で「何でもいいから悲劇が見てみたかった」と男は語ったという。
コメント