#299 色のある場所

ちいさな物語

そのチラシを最初に見たのは駅前だった。

何気なく拾ったそれが、まさかこんなことになるなんて、あのときの自分は思いもしなかったんだ。

拾い上げてみると、「あなたの求める答えがここにあります」という一文と、下部に手書きで書かれた住所だけ。それ以外の情報はどこにもなかった。

妙にその言葉が頭から離れなかった。普通なら気にも留めずゴミ箱に放り込むだろう。だが、今の僕にとっては違った。

「答え」は本当にあるのか?

僕は数日前から色を失っていた。

正確に言えば、自分の視界から色彩が完全に消え失せてしまったのだ。世界は灰色に染まり、生きる喜びや鮮やかな日常はすべて遠くなってしまった。医者に診てもらったが、原因は分からない。家族や友人にはうまく伝えられず、ただ焦燥感だけが募っていった。

そんな中で拾ったあのチラシだったから、無視することができなかった。「もしかして」という、わずかな可能性にすら縋ってしまう心境だったのだ。

翌日、僕はその住所を検索していた。

出てきたのは、街のはずれにある古いビルの一室。本当にただのビルのようで、めぼしいレビューも何もない。メインストリートから外れた影の薄い場所だった。

週末、僕はそのビルを訪れた。

エントランスは年季が入り、集合郵便受けにはチラシの住所がはっきりと貼られていた。心臓がドクンと高鳴る。エレベーターはいつから貼ってあるのかわからない「修理中」の貼り紙があったため、僕は重い足取りで階段を上がった。

チラシに書かれていた部屋番号の前で立ち止まる。ノックしてみると、中からすぐに「どうぞ」という声がした。

恐る恐るドアを開けると、そこは薄暗い小部屋。壁一面に地図や写真、奇妙な記号がびっしり貼られている。その中央で、一人の老人が僕を見つめていた。

「色を取り戻しに来たんだろう?」

老人の言葉に僕は息を飲んだ。

「――どうして……それを?」

老人は微笑みながら、小さな青銅色の鍵を僕に差し出した。

「君が色を失ったのは病気でもなんでもない。君の色を何者かが奪ったのだ。色には価値がある。しかも色を奪われたところで、君のように『病気かもしれない』と思って諦める人が大半だ」

「ど、どうすれば色を奪い返せるんですか」

「だから、この鍵だよ。受け取りたまえ。その鍵が開く扉をくぐれば、失ったものを取り戻せるかもしれない。ただし簡単じゃないよ」

「その扉はどこにあるんですか?」

老人が答えようとした瞬間、背後の窓ガラスが割れた。フードを深く被った影が姿を現し、室内に入ろうとしている。

老人は切迫した声で叫んだ。

「急げ! 鍵を持って裏口へ!」

僕は迷わず裏口へと駆け出した。背後で老人が影と争う音が響く。裏口には古びた扉があり、チラシと同じ住所が刻まれていた。震える手で鍵を差し込む。

ガチャリ。

扉の向こうには、見知らぬ鮮やかな異世界が広がっていた。久しぶりに見る色彩に、胸が強く打たれる。僕は奪われた色を取り戻すため、新たな世界へ一歩踏み出した。

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