「魔王様、私、ここで勉強したいんです」
魔王城の玉座の間で、姫はにこやかな表情で魔王に入学願書を差し出した。
「勉強だと? ここは学び舎ではないぞ」
魔王は困惑して角の生えた頭を掻いた。そもそも姫は人質として攫ってきた存在である。泣いて救出を待つのが当然の流れだった。
しかし姫は一切動じない。
「もちろん知っています。でも魔王様、時代は変わりました。救出を待つだけではなく、自分から敵を知り、文化を学ぶことが大切なのです。相互理解こそが、真の平和を築く鍵だと思いませんか?」
魔王は姫の勢いに圧倒されて黙ったまま願書を見つめた。
翌日、この出来事は瞬く間に人間界に伝わり、大騒ぎとなった。
突然姫が自ら魔王城に入学したことで、勇者や騎士団は大混乱に陥った。目的を失った人間側はとりあえず「姫救出禁止令」を発令し、王国は一時騒然となった。
一方、魔王城では奇妙な日常が幕を開けていた。
姫は熱心に魔界の歴史や魔法理論を学び、日が沈む頃には魔物たちと夕食を共にし、熱心な討論会を開いた。当初は疑問や困惑を隠せなかった魔族たちも、やがて姫の情熱と純粋な好奇心に惹かれていった。
「人間たちは本当に俺たちをただの悪者と思ってるのか?」
ある日、食卓でゴブリンが素朴な疑問を口にした。
姫は柔らかい微笑みを浮かべて答えた。
「ええ、残念ながら。でもそれはお互いを知らないからこそ生まれる誤解です。私は皆さんと過ごす中で、皆さんが本当は優しい心を持っていることに気づきました」
その言葉に、魔物たちは恥ずかしげに頬を赤らめた。
やがて魔王自身も、姫との会話を楽しみに待つようになった。
ある日、魔王は好奇心に駆られて姫に尋ねた。
「そなたが留学を決めた真の目的は何だ? 本当に勉強したいだけなのか?」
姫は真っ直ぐな目で魔王を見据えた。
「私は世界を変えたいのです。勇者が剣と力で世界を救うのなら、私は理解と対話で世界を救いたいと思いました。だからこそ、まずは魔王様に直接お会いして、お話を伺い、対立の根本原因を探るところから始めたかったのです」
魔王は大きくため息をつき、それから愉快そうに笑った。
「まったく大胆な姫だ。だが、そなたのおかげで退屈だったこの城にも久々に活気が戻った。ここで学びたいという願い、受け入れて正解だったようだ」
姫の留学が正式に認められると、魔王城は急速に変化を遂げていった。やがて魔界初の「国際交流学院」として、魔族だけでなく人間も積極的に訪れる場所へと生まれ変わった。
留学期間を終えて王国に戻った姫は、各地を巡って講演を始めた。テーマは一貫して「敵を理解し対立を防ぐ方法」だった。姫の講演は人々の心を動かし、徐々に人間界と魔界の間には相互理解と交流が芽生え始めた。
姫はいつも穏やかな笑みを浮かべて締めくくった。
「世界を変えるのは勇者だけの役目ではないのです。理解と対話こそ、未来を拓く鍵なのですから」
魔王城では今日も、新たな留学生を迎える鐘の音が響いている。
コメント