大学生の翔太は、夜更かしをしながらネットを眺めていた。すると、スマホの通知が鳴り、マップアプリから「あなたにおすすめの場所」という通知が届いた。
興味本位でアプリを開くと、見覚えのない山間部に赤いピンが立っている。翔太は地図を拡大したが、地名も施設の情報も何も記されていなかった。
「何だこれ? バグかな。」
不思議に思ったものの、あまりに退屈だったこともあり、ナビをセットし、車を走らせることにした。サークルの友達にも連絡してみたが、バイトなのか、寝ているのか、誰からも返信がない。
一人で行って後で話のネタにしよう。
夜道をひたすら進み、街灯もない山道へと入る。赤いピンへと向かう道は、ナビが途切れることなく案内してくれた。
やがて彼は目的地付近に到着した。
しかし、そこには何もない。暗闇の中、木々がざわつく音が聞こえるだけだった。スマホを見ると、「到着しました」と表示され、ナビが終了する。
辺りを懐中電灯で照らしてみると、地面に古びた看板が落ちていた。看板には「工事中」と赤い文字が書かれていたが、何の工事かもわからない。そして、何より奇妙だったのは、地図アプリの画面が突然再び動き出し、次の赤いピンが指し示されたことだった。それはわずか数十メートル先を示していた。
「……なんか、不気味だな」
それでも、翔太は懐中電灯を片手に、ピンが示す方向へと歩き出した。
木々の間を抜けると、突然足元が沈み、落とし穴のような窪みに転げ落ちてしまった。泥だらけになりながら立ち上がると、そこは昔の作業場跡のような広場だった。古びた建物がある。近くに錆びた機械や土嚢が積まれているが、人の気配はまったくない。
スマホの地図には、さらに新たな赤いピンが打たれている。「次はこちらです」と通知が表示されていた。
不安が膨らみつつも、「ここまで来て帰るのもしゃくだ」と思った翔太は、無理やり自分を奮い立たせてピンの場所へと向かった。
古びた建物の裏手に回ると、扉が半開きになっていた。慎重に中に入ると、内部は埃だらけで、崩れかけた棚や工具が散乱している。だが、壁の一角だけがやけに新しい塗装で塗り固められていた。
スマホを見ると、「その壁の裏側に何かがあります」と通知が入る。マップアプリってこんなに詳細な案内があったっけ?
心臓がバクバクし始めた。
翔太は手探りで壁を調べ、隅のほうを叩いてみる。すると、空洞のような音が返ってきた。
「本当に……何かあるのか?」
スマホアプリからは「押してください」と通知がくる。いよいよおかしいが、こんな気になる状況で引き返すのは難しかった。
押してみると、壁の一部がずれて、小さな空間が現れた。
そこには埃をかぶった古い箱が置かれていた。箱を開けると、中には一冊の日記と、錆びた鍵、そして使い古されたスマートフォンが入っていた。
日記を開くと、数年前の日付とともに、こう記されていた。
『この場所を見つけた人へ。この日記を読んでいるということは、あなたもマップの赤いピンに導かれたのだろう。私はここで何かを見た。だが、その記憶をうまく説明することはできない。ただ、これだけは伝えておきたい。次の赤いピンが現れても、絶対に行ってはいけない。』
翔太はスマホを見つめた。自分のスマホには、すでに次の赤いピンが表示されている。
「やめた方がいいのか……」
しかし、どうしても好奇心が勝ってしまう。翔太は何かあったらすぐに走って逃げようと心に決めて、ピンの方向に歩き出した。
今度はさらに山奥だった。道なき道を進み、岩場を越え、草むらを分け入る。
やがて小さな祠のような建物が現れた。入り口には、古い注連縄が掛けられている。
スマホの画面には「ここが目的地です」と表示されていた。
翔太は祠の扉をそっと開けた。中は真っ暗だったが、懐中電灯で照らすと、小さな石碑が祀られていた。石碑の前には同じく埃をかぶったスマートフォンがいくつも並べられている。
その瞬間、スマホが突然振動し始めた。「到着を確認しました。次の案内者に引き継ぎます」とだけ表示され、画面が真っ赤に染まった。
背後で何かが動く気配がした。振り返ると、暗闇の中からいくつもの影がこちらを見ている。
「ようこそ」
「待っていました」
誰かの声が、耳元で囁いた。
その瞬間、翔太のスマホのマップアプリには、今度は「あなたの位置が『新しい目的地』になりました」と表示されていた。
そこから、二度と彼の帰りを見た者はいない――。
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