これは冗談でも何でもなくて、本当にあった話なんだよ。信じる信じないは別として、とりあえず聞いてほしい。
昔から、夜になるとなんとなくダイニングテーブルを眺める癖があってね。母親がいつもテーブルの上に果物かごを置いていたから、それがいつの間にか私にもうつってしまったんだ。
毎晩毎晩、そこにはリンゴとかみかんとか、季節によってはキウイとかが入ってた。
でもなぜか、いつの頃からかバナナだけはいつでも必ず置いてあった。理由はわからないけど、母がよほど気に入ってたんだろうね。黄色い皮がかごの中にぽつんとあると、妙に安心するようになってた。
でもさ、あの夜は本当に違ったんだ。
いつものように夜中、空腹をごまかすためにバナナを取ろうと手を伸ばしたら、急に小さな声が聞こえてきたんだよ。
「ちょっと、ひっぱらないでよ。曲がっちゃうでしょ?」
さすがにびっくりして、辺りをキョロキョロ見回した。誰かがいるわけでもないし、テレビもついてない。幻聴かなと思って、気にせずもう一度バナナを取ろうとしたら、
「だからさ、優しく扱ってって言ってるの」
今度ははっきりと、バナナから声が聞こえたんだ。さすがにその場で固まったよ。バナナがしゃべる? そんな馬鹿な話があるかって思うだろ? でも、その夜確かに俺はバナナと話をしたんだ。
恐る恐る「え、君、しゃべれるの?」って聞いたら、そのバナナは呆れたように言ったんだよ。
「君だってしゃべってるじゃん。僕らがしゃべったって何が変なの?」
まあ、確かに理屈としてはそうかもしれないけど、普通はバナナと会話はしないよな。
――で、そのバナナが言うにはさ、彼らは昔から人間に話しかけてるんだけど、大抵の人間は聞く耳を持たないって言うんだ。たまたま俺がめずらしくその声を聞き取ったってわけ。
それから俺たちは妙な友人みたいな関係になったんだ。夜になるとバナナと話をするようになった。昼間は普通のバナナだから家族に食べられそうになってヒヤヒヤしたりしてさ。
「頼むから食べないでくれ」って毎日家族にこっそり念を送ってたよ。
バナナと何を話すかって? まあ、色々だよ。くだらないことも、真面目なことも、バナナは意外と物知りだったんだ。
ある晩、俺はそのバナナに聞いてみたんだよ。
「なあ、なんでバナナって曲がってるんだ?」
するとそいつはちょっと悲しそうに言ったんだ。
「それ、君たち人間の心と一緒だよ。本当は真っ直ぐ伸びたいのに、みんな周りの視線とか、常識とか、いろんな圧力で曲げられちゃうんだよね。僕らも太陽の光を浴びようとして必死に上を目指すけど、なかなか真っ直ぐには伸びられないんだ」
その言葉を聞いて、俺はなんだか胸が詰まるような気持ちになったよ。バナナに人生を教えられるとは思わなかった。
けどね、不思議なことにそれ以来、俺自身にも変なことが起き始めたんだ。
例えば、授業中にふとノートを開いたら、自分で書いた覚えのないメッセージが書いてあったり、友達と話している時に、突然相手が言ってもいないことが聞こえたり、日常の中で時々、ちょっとだけ現実が歪むような感覚を覚えるようになった。
俺がバナナの声を聞いてしまったことで、何か別の世界の扉を開けてしまったのかもしれないと思ったよ。
ある夜、俺はバナナに尋ねてみたんだ。
「お前は、本当はどこから来たんだ? 普通のバナナじゃないよな?」
バナナは一瞬黙り込んで、静かに言ったんだよ。
「僕はね、君が知らない世界から来たんだ。君が無意識に見つめ続けてくれたから、僕は君の意識に繋がれた。もうすぐ君は、その世界をもっと深く知ることになる」
それが何を意味しているのかは、正直今でもよく分からない。だけど確かに、あの夜以来、俺は以前よりもずっと敏感になった。
周囲の小さな声や、見えない世界に気づくようになったんだよ。信じられないかもしれないけど、これは本当に俺に起こった話なんだ。
もしかしたら、君にもこんなことが起きるかもしれない。だからさ、夜中にダイニングテーブルにある果物かごを見る時は、ちょっとだけ気をつけてほしい。
特にバナナに手を伸ばす時は、そっと優しく。だってそいつら、結構デリケートなんだよ。もしかしたら君も、ある夜突然、バナナから話しかけられるかもしれないぜ?
コメント