#024 見知らぬ守護霊

ちいさな物語

最初に違和感に気づいたのは朝顔を洗っていたときだった。鏡の中の自分の肩の辺りの空間が薄ぼんやりとにじんでいる。鏡が汚れているのかと思ったが、そのにじみは自分の動きにぴったりとついてくる。よくわからなかったが、たいしたことでもないので気にしないようにしていたが、だんだんそのにじみが濃くなってくるような気はしていた。

もう誤魔化しようがないくらいに「彼」を見てしまったのは、仕事が忙しくて心身ともに限界だったときだ。母への仕送りと自分の生活費を残業代でなんとかまかなうような生活が長く続いており、もういっそ死んでしまったほうが楽なのではという危険な考えが頭をよぎっていた。

深夜のオフィスでひとりデスクに向かっていたら、背後から「そんなに無理しなくてもいい」と声がした。驚いて振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。足元がうっすらとにじんで背後が透けて見えている。俺はあわてて「誰だ!」と叫んだんだが、男は冷静に「守護霊だ」と名乗った。「いや、守護霊ならもっと神々しい感じだろ」と突っ込んだら、「感じ方は人それぞれだ」と軽く笑われた。

それから男は、俺のそばにずっといるようになった。仕事のアドバイスをくれるし、ミスしそうになると「それじゃダメだ」と警告してくる。初めは正直迷惑だったんだけど、彼の言う通りにしたら、妙にうまくいくんだよな。プレゼンでの緊張をほぐしてくれるのも彼だし、困難なプロジェクトを成功させたのも、彼の後押しのおかげだ。

会社で信頼を得られるようになり、残業をしなくとも生活できるくらいには昇給した。気づけば死んでもいいかもと思っていた日々が嘘のように好転していたんだ。

でも疑問もあった。なぜ俺の守護霊がこの見知らぬ男なんだろう? 一度聞いてみたんだ。「もしかして前世とかで何かの縁があるの?」って。すると彼は、少し悲しそうに笑ってこう言った。「まぁ、そんなことどうでもいいじゃないか」と。

そんな彼が消えたのは、俺がこれまでにないくらいの大プロジェクトを乗り越えた日だった。社運をかけたプレゼンで勝ち取った依頼、プロジェクトリーダーとして駆けずりまわった日々、守護霊はいつもそばにいた気がしたが、正直彼とゆっくり話すような余裕はなかった。すべてが終わり疲れはてて帰宅し、はっと気づくと彼はもういなかった。机の上に「もう俺がいなくても大丈夫」と書かれたメモが残されている。せっかく仕事が片付いたのにと、少しさみしい気持ちになったものだ。でも守護霊のいる生活に慣れたくらい順応性の高い俺だ。守護霊のいない生活に慣れるのも早かったよ。

彼の正体がわかったのは、実家でアルバムを整理していたときだ。まだ赤ん坊の自分を抱き上げてぎこちなく笑う父の姿が写っていた。それがあの守護霊の男とそっくりだった。いや、間違いなく本人だ。瞬間、すべてが腑に落ちた。

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