#400 罰ゲームで魔法少女になるオッサン

ちいさな物語

商店街の組合の飲み会で軽率なことを言ったのが、そもそもの間違いだった。

「おしっ、負けたやつ、コスプレして販促な!」

「いいですねっ! 商店街の売上もアップするかもです!」

冗談で言ったはずのその言葉に若手連中もノリノリだ。そして始まる謎の賭け麻雀。

その日に限ってボロ負けした俺は罰ゲームとして翌週の夏祭りで「魔法少女のコスプレ」をしてステージに立つことになった。

四十を過ぎたオッサンにフリフリの衣装は地獄そのものだったが、約束は約束だ。仕方がない。

笑いを取って場を収める、それだけのつもりだった。

――だが、ステージに上がった瞬間、俺の足元に光の魔法陣が浮かび上がったのだ。

「は?」

客席がざわつく。

「演出、すげーな」

「才能の無駄遣い系?」

裏方スタッフの悪ふざけかと思ったが、魔法陣から立ち上る光の仕掛けはまったくわからない。光源はどこだ?

次の瞬間、頭の中に声が響いた。

『選ばれし戦士よ。世界を救う使命を負え』

いや、この衣装を選んだのは罰ゲーム係の後輩だ。

逃げようとしたが、杖のようなものが空から降ってきて、俺の手に吸い付くように収まった。

観客は爆笑している。俺一人が、笑えなかった。

「マジですげー舞台演出だな」

「商店街の本気」

おい、待て。これ、ガチだぞ?

突如、真っ白な空間に閉じ込められる。周りには星やらハートやらが光りながらくるくる回っていた。そして白い猫のような生物がぴょんと現れる。

「契約成立だね。めずらしいタイプだけど、魔法少女は魔法少女さ」

「いやいやいや、少女は無理だろ! 俺は明日も朝から八百屋の仕入れがあるんだぞ!」

「でも悪い魔物は待ってくれないよ。一緒に世界の平和を守るんだ」

「守るんだ、じゃねーよ。八百屋をなめんなよ」

翌日、本当にその「悪いやつ」が現れた。

商店街のシャッターがひとりでに開き、黒いもやのような怪物が這い出してきたのだ。

誰も信じてくれないだろうが、それは確かにこの目で見た。

「大変! 早く魔法少女に変身だ!」

白猫が肩に乗ってくる。

「畜生が命令すんなよ」

しかし体が勝手に杖を構え、くるくるとステップを踏む。

「マジかよ。最悪だ」

なぜか昨日と同じ衣装になってしまう。ブワッとフリルのスカートが広がった瞬間、星がキラキラと散った。

そして杖からピンク色の光が迸り、怪物は跡形もなく消える。

呆然と立ち尽くす俺に、通りすがりの子供が拍手を送った。

「おじさん、すごーい! 本物の魔法少女だ!」

……おじさん、って言うな。

だが、その日から俺は、商店街を守る「魔法少女」として活動する羽目になった。

「もう、販促やめてもいいんですよ?」

後輩たちは少し気味悪そうにして遠巻きに見ている。完全に目覚めちゃったおじさん扱いだ。ちくしょー。

こちらの都合はお構いなしに怪物が現れ、俺は仕入れ帰りのトラックから飛び降り、フリフリの衣装に変身する。

最初は通報されかけた。

だが次第に人々は慣れ、「商店街の守り神」とまで言われるようになった。

妻は呆れ顔だ。

「お父さん、帰りが遅いと思ったら、また魔法少女やってたの?」

子供たちには秘密にしていたが、バレるのは時間の問題だろう。何しろ商店街中の噂になっている。

そんなある夜、巨大な怪物が現れた。

商店街どころか、町全体を飲み込むほどの影。

俺は杖を握りしめた。猫のような使い魔がぴょんと肩に乗って囁いた。

「君が選ばれた理由、気になる?」

「そりゃ気になるさ。俺より若くて元気な奴なんていくらでもいるだろ」

「でもね、彼らは逃げるよ。罰ゲームでも、君は最後まで受け入れた。だから君なんだ」

「ふーん。後からなら、なんとでも言えりゃあ」

罰ゲームが、世界を救う理由になるなんて。気づけば俺は、杖を振り上げていた。光が町を包み、怪物は霧散した。

商店街は静けさを取り戻し、人々は夢でも見ていたかのように普段の生活に戻っていった。

ただ一人、俺だけが知っている。

フリフリ衣装の下で汗だくになりながら、戦い続けていることを。そして今日も、また怪物が来る。

「頼むから、せめて普通の休日をくれ」

そう呟きながら、俺は再び魔法陣の光に包まれる。

世界の命運なんて背負いたくない。だが、罰ゲームはまだ終わらないのだ。

――俺の人生最大の罰ゲーム。

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