#410 ファンタジー世界の名探偵

ちいさな物語

俺の職業は「名探偵」だ。

ファンタジー世界では、普通は戦士とか魔法使いとか僧侶とか、そういう職業を名乗る。

ところが俺の場合、なぜか職業欄に「名探偵」と書かれていた。最初は笑い者だったよ。

「なんだよそれ、ただの冷やかしじゃないか」

「モンスター相手に『推理します』ってか? 死にたいのか、お前」

冒険者ギルドで散々笑いものにされた。だが、俺はそれでも名探偵としてやっていくと決めた。剣を振ることも魔法を使うこともできない。でも、俺には頭脳があった。

初めて役に立ったのは、ゴブリン退治の依頼だった。パーティの戦士たちは正面から突っ込もうとしたが、俺は周囲の足跡を観察した。どうもおかしい。正面は通常多くの足跡で踏み固められているはずだが、あまりそういう様子はない。しかもついている足跡はわざとつけたかのように深くしっかりとしている。ゴブリンの体重でこの土質の場所にこんなにくっきりと足跡がつくのは違和感がある。これはなにかのカモフラージュではないか。周囲をよく観察すると、草が生い茂った辺りに別の足跡がいくつかついていた。こちらはかなり自然についたもののように見える。

「こっちに行くべきだ」

そう言って森の奥を指差すと、誰も信じなかった。

「何いってんだ。ここに足跡があるだろ」

仕方なく一人で足を踏み入れると、そこに奴らの巣穴があったんだ。しかも油断しきっているのか、見張りもいなかった。

推理通り、奴らは正面の道を偽装に使い、本拠地を別の場所に作っていた。意外と知恵のあるゴブリンたちだったようだ。

戦士たちは驚き、感心したような表情をしていた。

「お前のいうこと、本当だったのか」

あれが最初の成功だった。

その後もダンジョンの仕組みを推理したりした。水の流れを見れば、隠し通路の位置がわかる。壁の傷を見れば、どこに罠が仕掛けられているかわかる。

「お前の言う通りに進んだら、宝箱があった!」

「罠も全部避けられた!」

仲間たちは俺を「役立たず」から「必須の職業」へと評価を変えた。特に役立ったのは、ドラゴンの巣を攻略したときだ。

ドラゴンは強敵だ。ごく普通の冒険者なら、炎に焼かれて全滅するのがオチだ。

でも俺は、ドラゴンの鱗が剥がれた跡や、焦げた岩の向きを観察して言ったんだ。

「あのドラゴン、負傷している。炎は左側にしか吐けない。右に逃げて、右から攻撃しろ。負傷している右肩付近を狙え」

その推理のおかげで戦士たちは死なずにドラゴンとの戦闘を終えた。残念ながら完全な討伐は無理だったが、ひるんだドラゴンから貴重な宝を持ち帰ることはできた。

「名探偵、あんたがいなきゃ全滅してた」

「私たちのレベルでドラゴンのお宝を手に入れるなんて夢みたい」

そう言われたとき、初めて俺は胸を張って「名探偵だ」と言えたんだ。……でもな、推理ってのは敵を倒すだけじゃない。

ある村で、夜な夜な家畜が消える事件があった。村人は「魔物の仕業だ」と怯えていた。

だが俺は血の跡を追い、足跡や糞などの形跡を調べ、こう結論を出した。

「犯人は村人の中にいる」

そう。まさに名探偵の本領発揮。俺の得意分野だ。

推理の結果、借金を抱えた男がこっそり家畜を売り払っている疑いが浮上した。

「犯人はあんただ」

指された男ははじめ否定していたが、家畜に抵抗された際についた傷を指摘し、家畜を買ったという商人の証言があることを告げると、その場に泣き崩れて罪を認めた。

こんな世界で名探偵なんて馬鹿にされがちだけど、推理力はどこでも活用できる。剣も魔法もなくても、知恵ひとつで世界を渡っていけるんだ。

そして最近は、俺のもとに「名探偵にしか頼めない依頼」が舞い込むようになった。

「伝説の宝の在り処を推理してほしい」

「ダンジョンの謎を解いてほしい」

戦士や魔法使いにはできないことだ。時には王都から直々に呼ばれることもある。

「君の推理力で国を救ってほしい」とまで言われた。――が、政治関係のきな臭い気配を察知してお断りしたけどな。

俺が思うに、この世界は力だけじゃ生き残れない。頭を使うやつも必要なんだ。それが、俺という「名探偵」の役割なんだろう。

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