#423 五つの宝と姉弟の旅

ちいさな物語

今でもあの旅を思い出すと、胸が熱くなるんです。

まだ僕と姉が若かった頃の話です。「世界に散らばる五つの宝を集めれば、どんな願いも叶う」――そんな古い伝承を聞いたことがあるでしょう?

僕らは、その宝を探す旅に出たんです。

理由は単純でした。姉は幼い頃から病弱で、今も時折咳をこらえては苦しそうにしていた。だけど姉は僕の前では絶対に弱音を吐かない。

「五つの宝を集めれば、どんな願いでも叶うんだって」

そう口にしたのは姉の方でした。

「だったら、私の願いは決まってる」と微笑んだ。

僕は問わなかったけれど、その意味は分かっていました。だからこそ、あの日から二人で歩き始めたんです。

最初に手に入れたのは「紅の宝」。砂漠の真ん中にそびえる古代遺跡の奥に眠っていました。

僕はときおり姉の背をさすり、手を貸しながら、ゆっくり進みました。灼熱の砂に足を取られながらも、姉は笑って言うんです。

「せっかくのお肌が日焼けするかも。でも、まあ思い出にはなるね」

命がけの冒険の最中で、そんな軽口を叩けるのは姉ぐらいでしょう。

二つ目は「蒼の宝」。氷の山脈に閉ざされた氷窟の奥で、氷狼たちと戦った末に手に入れました。寒さで指がかじかみ、僕は剣を握るのもつらかった。

姉は震えながらも覚えたての灯火の魔法を絶やさず気丈に立ち向かった。

「諦めなければ道は見える」

その言葉に、僕は前を向くことができました。

三つ目は「翠の宝」。深い森の奥、霧に包まれた湖の中で眠っていました。精霊たちが僕らを試すように幻を見せてきたんです。

亡き父母の姿も見えました。けれど姉は毅然と幻を払いのけました。

「私たちは生きている。だから進まなきゃ」

その声は強くて、美しかった。

四つ目は「黄金の宝」。それは戦乱に巻き込まれた都の地下、崩れた神殿の奥で見つけました。しかし、戦火の中で怯える子供たちを見て、姉は迷わず助けの手を差し伸べました。

目的の宝は神殿の瓦礫に埋もれてしまいました。宝を求める旅のはずが、姉は願いよりも目の前の命を優先したのです。

「宝は逃げないけど、人の命は一瞬で消えてしまうから」

その姿を見て、僕は姉の強さを確信したんです。

翌日、姉が助けた子供たちの中でひときわ体の小さな子が瓦礫の下から宝を取ってきて「ありがとう」と姉に渡しました。

そして最後の「白銀の宝」。それは天を突く塔の最上階、果てしない試練を乗り越えた先にありました。これは病弱な姉にとってひときわ過酷な冒険になりました。

それでも五つの宝が揃ったとき、光が渦を巻き、僕らの前に声が響きました。

「願いをひとつだけ叶えよう」

僕は息を呑み、姉を見ました。でも姉は静かに首を振ったんです。

「私の願いはもう叶ってる」

驚いて問うと、姉は笑いました。その笑顔は健康的に日焼けして、美しく輝いていました。

「体は弱いけれど、こうして、弟と一緒に世界を旅できた。たくさんの人が助けてくれた。これ以上願うことは何もないの」

僕は言葉を失いました。

そして気づいたんです。宝を集めた旅の中で、姉の体は少しずつ丈夫になり、そして僕も成長していたことに。

結局、その場で願いは口にしませんでした。

五つの宝は静かに光を失い、ただ美しい石として僕らの手の中に残った。けれど、あの旅は僕らにとって何よりの宝になったんです。

今でも思います。願いは叶えられなかったけれど、あの旅路こそが、僕らの願いを形にしたものだったのだと。

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