#424 立会人

ちいさな物語

立会人という人を、あなたは聞いたことがあるだろうか。

それは奇妙な仕事をする人だ。特別何かをするわけではない。ただ立ち会う。

受験の合格発表を見に行くとき、初めて入る店の敷居をまたぐとき、夫婦喧嘩や遺産相続の話し合いにすら。彼はただそこにいて、何も言わず、何も決めず、何も裁かない。

僕が初めて彼に会ったのは、大学の合格発表の日でした。

掲示板の前は人でごった返していました。番号を探す目は必死で、僕の心臓は破裂しそうに脈打っていました。

そんなとき、不思議な存在感を放つ男が隣に立っていたんです。黒いスーツに、年齢不詳の顔。落ち着いた眼差しでただ掲示板を見つめていました。

「君、緊張してるね」

そう声をかけられた。低く穏やかな声だった。「ええ、まあ」と答えると、彼は微笑んで言いました。

「大丈夫。私は立ち会うためにここにいる」

結果は合格でした。

歓声を上げ、涙を浮かべる人々の中で、彼はただ静かにうなずきました。その姿に不思議と安心を覚えました。

その後、僕は何度か彼を見かけるようになりました。友人が恋人にプロポーズするとき、結婚式の式場に足を踏み入れるとき、さらには会社の辞令を受け取るとき、決まってそこには、彼の姿がありました。不思議と周りに溶け込み、誰も不審を抱きませんでした。

そしてただ立ち会うだけで、決して手は出しません。だが彼がそばにいることで、その瞬間がどこか重みを帯びるのだ。あるとき勇気を出して聞いてみました。

「どうしてそんなことを?」

彼は少し考え込んでから答えました。

「人はひとりで立ち向かえない――いや、立ち向かいがたい瞬間がある。喜びも、悲しみも、決断も。本当は誰かに見ていてほしいんだ。私はそのためにいる」

それから僕は彼に依頼するようになった。不思議と「立ち会ってほしい」と、願うと彼がそこにいました。

初めての一人暮らしの部屋に入るとき。就職面接に向かう朝。父の葬儀で、涙を堪えて喪主を務めるとき。彼はいつも隅に立ち、黙って見守っていた。ただそこにいるだけなのに、不思議と心が落ち着いた。

だが、ある日のことでした。

姉が夫と大げんかをした。罵声が飛び交い、皿が割れる音が響く。僕はどうしていいかわからず、ふと玄関を見ました。

そこに、いつのまにか彼が立っていた。黙って喧嘩を見守っていました。

「止めてください!」と叫んでも、彼は首を振った。

「私は仲裁はしない。ただ立ち会うだけだ」

その言葉にひどく落胆した。本当にそこにいるだけで、何もしてはくれないのだ。

やがて喧嘩は自然と収まり、二人は泣きながら抱き合っていた。彼はただ静かにうなずき、帰っていった。

その背中を見ながら、僕は気づいたんだ。

――この人は本当に人間なのだろうか?

この場面であまりにも冷静でした。よく考えたらなぜ立ち会うべき場所がすぐにわかるのだろうか。それに彼が立ち会った瞬間は、なぜか必ず「物事が収束」します。

合格か、不合格か。結婚か、破局か。生か、死か。気のせいかもしれないが、その結果が、まるで彼の存在によって確定するように思えました。

もし彼がいなければ、僕らの人生は揺らぎ、決まらないままなのかもしれないと妄想してしまいます。

僕が三十歳を迎えたころのことです。

その年、会社で大きな契約を任されていました。成功すれば昇進、失敗すれば左遷。胃が焼けるような緊張の中で迎えた契約当日、会議室の隅に彼が立っていたんです。

依頼した覚えはない。人間ではないかもしれないと思い始めてから、怖くなって彼を呼べずにいたのだ。けれど、彼はそこにいた。

結果は契約成立。僕は出世街道に乗ることになりました。会議が終わって皆が去った後、彼はまだそこに立っていました。

「どうして来てくれたんですか」と尋ねると、彼は少し微笑んで答えました。

「呼ばれたからだよ」

「僕が?」

「そうだ」

静かに頷く彼に、僕はそうだったかもしれないと思い始めていました。明確に「来て」とは願ってはいないですが、心のどこかで「彼がいれば」と思っていたことは間違いありません。

彼が現れれば必ず「決着」がつきます。中途半端に終わることはありません。必ず答えが出ます。彼はこの世界のサイコロのような存在なのです。

彼の存在が、世界を無理やりひとつの結果に収束させている。それが彼の「報酬」ではないかと思い始めたんです。

彼は人から金銭を受け取りません。依頼料も、謝礼も、要求したことは一度もありませんでした。けれど、彼が立ち会う場では必ず人が強い感情を抱きます。

歓喜、絶望、憎悪、安堵。

その感情が渦巻く瞬間を、彼はただ浴びている。報酬は金ではなく、人の感情そのもの。そう考えると、あの眼差しの意味も理解できる気がしました。

あるとき、思い切って尋ねました。

「あなたは人間なんですか」

彼は少しだけ目を細めてから言いました。

「どうだろうね。私自身もわからない。気づけば立ち会っていた。ずっと昔からね」

「立ち会って……何を得るのですか」

彼はしばし沈黙し、やがてぽつりと答えました。

「君たちの決断の重み。私はそれを見届けるたび、ほんの少し存在が強くなる」

「じゃあ、あなたは僕らの感情を食べてるんですか」

僕がそう問うと、彼は笑いました。

「食べている、というよりは……いらなくなった力の残渣をもらっている。君らが強く生きるために振り絞ったものを、ほんの少しだけ。君らが必要なのは、結果だろう?」

その言葉に、反論はできませんでした。

確かに、結果が出るまでの集中や緊張などは結果が出た途端に‪スッと体から抜け出る感じがある。それを集めているのか……。

それからというもの、僕は恐怖と安心の両方を抱いています。安心は、彼が現れればすべてが収束するという予感。恐怖は、もし彼が「もっと多くの力」を求め始めたらどうなるかという――妄想です。

彼にとっての報酬は、僕らが不要になった力。だったら、彼が飢えたとき――この世界にはどれほどの「決着」が押し寄せるのでしょうか。

……どう思います?

それを知る術は、彼に立ち会ってもらう瞬間があなたに訪れるまで、ないのかもしれません。

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