#442 異世界ニートの変わらぬ日々

ちいさな物語

あのとき確かに僕は死んだんです。

過労死とかじゃなく、ただ家の階段を踏み外して頭を打った。ニュースにもならないような凡庸な死に方でした。

そして気づけば光の中にいて、「あなたを異世界に転生させます」という声を聞いたんです。

「よし来た!ついに僕の時代だ!」

心の中で叫びましたよ。だって、ネット小説で散々読んできた展開じゃないですか。勇者とか、魔法使いとか、ハーレムとか、全部期待しました。けれど実際に目を覚ましたら――変わらなかったんです。

僕は村外れのボロ小屋で目を覚まし、ポケットを探ってもスマホなんてない。ステータス画面なんて出ないし、呪文を唱えても火花ひとつ散らない。

そして小屋を出たら、そこの村人に言われたんです。

「働け」

僕は思わず「嫌です」と答えてしまった。

そこからですよ。異世界でも僕はニートを続けることになったんです。

毎日やることといえば、井戸端で水を汲み休憩するふりをして昼寝するか、森の木陰で意味もなく空を見上げるか。

たまに冒険者がモンスターを退治して帰ってきて、村が大騒ぎになる。でも僕は見にも行かない。人混みが嫌いだから。

ある日、村長に呼ばれました。

「お前、転生者だろう?」

ドキッとしましたが、「はい」と答えるしかない。

「ならば何か特別な力を持っているはずだ。村を出て魔王を倒したらどうか」

「いや、僕はそういうのはちょっと……」

村長は怒りもせず、ため息をついて去っていきました。

それ以来、村人たちからは何も期待されなくなりました。でもね、不思議と居心地は悪くなかったんです。村には似たような怠け者が何人かいましたし、転生前みたいなプレッシャーがほとんどなかったんです。

仕事を押し付けられることもないし、モンスター退治に駆り出されることもない。ただ放っておかれるだけ。家事や食事はお父さんとお母さんが世話してくれる。さすがにちょっとばかり小言は言われるが、転生前に比べればなんてことはない。

ある意味で、僕は最強の立場を手に入れたんじゃないかと思います。だって、誰も僕に期待しないんだから。

そんなある日、森で不思議な石を拾ったんです。青く光る、不思議な石。これは魔石では?

試しに石を握って念じると、目の前に小さな炎がぽっと灯った。

「おお……これがチート能力の始まりか!」

働きたくないのには変わりないですが、一瞬、興奮しましたよ。チート能力さえあればラクしてチヤホヤされるわけでしょ。転生前の世界でいったら宝くじが当たるようなもの……と思ったら、炎はすぐに消えました。

次の日も試したけど、炎は出ない。それならただの石ころです。仕方なくその石を村の子供にあげたら、「ありがとう! きれいな石……これで石遊びができる!」と大喜びされた。これにはちょっとほっこりしたけど、この一件で、異世界転生ってそういうもんだったのかと完全に諦めました。

それでも日々は過ぎていきます。

村の誰かが結婚し、誰かが亡くなり、季節が変わる。僕はただ、木陰に寝転んでそれを眺めるだけ。異世界に来ても、やっぱり僕はニートなんです。でも時々考えるんですよ。

「もし僕に大きな力があったら、働かされてたんだろうな。働きたくないな」

「もし僕が勇者になったら、命を賭ける羽目になったんだろうな。痛いのやだな」

いろいろと突き詰めて考えていくと、怠け体質だったことが一番の幸運だったんじゃないかって。だって危ないでしょ、異世界。

今日も森の木陰で、僕は空を見上げながらあくびをする。ああ、異世界転生って言ってもやっぱり何らかの素質とか強運とかを持った人が大活躍する世界なんです。ラノベで「なんの才能もない僕が」みたいな設定、あんなの全部ウソです。だらかみんな、あんまり期待しないほうがいいよ。

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